「ちょっと、アレルヤ離しなさいよ!」
、落ち着いて!」
「なんで!」
「煩いな。一体何の騒ぎだこれは」

その日の食堂には、取り押さえられたわたしと、そのわたしに殴られて倒れた男を囲っていつの間にか小さな人だかりが出来ていた。恐らく、この場にいる全員がプトレマイオスの中で戦争が出来るとは思ってもいなかったのだろう。しかし、わたしはそれに構わずわたしの自由を束縛する超兵に全力で抵抗した。腹の虫が収まらないとは、まさにこの事だ。

「いいから、離して、もう一発殴らせろっつーの!」
、沙慈・クロスロードが何かしたのか」

床に座り込んだ沙慈を仕方なさ気に助け起こしながら、騒ぎに駆けつけたティエリアが煩わしそうに言う。わたしはティエリアに答える振りをして、起き上がった沙慈に噛みつくように叫んだ。

「彼、刹那を殴ったのよ!」
「だけどあれは彼が!」
「あんた誰の男を殴ったと思ってんのよ!」
「....なるほど...」
「なによ!」
「いや...だが、もう沙慈も反省している、許してやれ」
「なっ僕は」
「黙れ沙慈・クロスロードきみはまた殴られたいのか?」
「....」
「全く、このような幼稚な振る舞いは金輪際二度としないでいただきた」
「わかったわティエリアでもあのねえ沙慈さんよろしくて?」

言葉を遮られたティエリアの、苛立ちからくる強いプレッシャーをさらりとかわして、わたしは身を乗り出した。ティエリアの説教を流すことなど、わたしには容易いことだ。それに、ティエリアもわたしが説教を聞かなかったからと言って本気で怒ったりはしない。お互いに、それくらいの長さは一緒に過ごしてきたつもりでいる。わたしが沙慈に視線を落とすと、沙慈が不服そうにわたしを見つめた。

「何だよ」
「これだけはようく覚えておくといいわ。感情的になって殴ると後悔するわよ」
「きみにだけは言われたくない」
「...何て?」
!」
「アレルヤ、さんを離してはダメよ」
「分かってる、マリー」
「なあにが、分かってる、マリー、よ!お前に分かるのはマリーのことだけか!あたしのことも少しは」
「俺が分かっている」

不意に聞き慣れたトーンの声がして、わたしはふっとそちらに視線を移した。わたしだけではない、その場にいた誰もがそうしていた。心臓が跳ね上がる。恐らく、アレルヤにはそれが分かったのだろう。彼は小さく笑った。悪意がなかったとはいえ、笑われたことはそれなりに悔しかった。しかし、今はそれどころではない。見ればいつものように難しい顔をしたその男は、一度小さく溜息をついて、近寄ってくる。一緒に現れた緑色の制服を着た年長者は、すぐに状況を察して呆れたように肩を竦めた。先程までの幼稚舎のような騒ぎは、今は水を打ったように静まっている。

「アレルヤ、離してやれ」
「..ふふ、待ってたよ刹那」
「刹那、きみにしては遅い登場だったな。お陰で被害は甚大だ」
「そうか。...、来い」
「...はーい」

アレルヤから解放されてすぐに、今度は刹那に強い力で腕を引かれる。こうして、わたしと沙慈の、いや、わたしの一方的な沙慈への戦いは幕を下ろした。もちろん、この後わたしは長い沈黙と時々聞こえてくる耳に痛い言葉の数々に耐えなければならなかった。散々な1日だったと思ったが、しかし、わたしに殴られた男を思うとこの1日は口に出して言うほど酷いものでもない気がした。不意に、刹那がわたしを見て小さく呟く。

「とにかく、お前に怪我がなくて安心した」
「刹那」
「沙慈に感謝だな」

刹那の言葉にはっとして、わたしは俯きがちに苦笑した。そうしてそっと、刹那に視線を戻して、返事をする。しかし、彼はわたしの言葉には何も言わず、やわらかく口元を緩めただけであった。







未完成の青
013109
(僕らはこうして完成に近づこうとする)