わたしと刹那はその日も、太陽が照らす暖かな地上には降りられずにいた。わたしたちの辺りを包むのは相変わらず、墨をぶちまけたように静かな一方で、得体の知れない生命が蠢くような気配に満ちた不気味な暗闇。それは、「そら」を旋廻しながら世界の行方を見つめることを誓ったわたしたちソレスタルビーイングという組織にとっては至極当然の日常であったが、しかし今日ばかりは、わたしはそれを不運なことだと思っていた。なにせ、今日は、彼の、刹那の誕生日だったのだ。出来れば、地上で落ち着いて祝ってあげたかった。とはいえ、刹那はそういった行事ごとにはひたすらに関心の薄い人間なので、わたしのように地上に降りられないのを不満に思うことはおろか、誕生日だからと言って特別気分が良いということも、いつもより若干嬉しそうな顔をすることも、プレゼントを期待してそわそわすることも、まったく無いようであった。彼は今日もいつものように起きて、いつものようにガンダムの整備をし、いつものようにガンダムに乗って、スメラギさんの希望通りの働きをする。誕生日に言い渡された夜遅い航行にさえ、何の不満も、苦痛も、疲れも見せずに飛んでいったバースデーボーイを、何とも言えない苦い思いでブリッジから見送ったあと、暇を持て余したわたしは彼のいない部屋で彼の帰りを待つことにした。薄暗くて、ひんやりとした、刹那の部屋。普段は何もないその部屋に入って、すぐに目についたいくつかのプレゼントを、わたしは再びの苦い思いと共に静かに見つめた。それが置かれた机に近付いて見れば、どうやら、フェルトやマリナも刹那の誕生日を祝っているようだ。わたしは何故だかぐっと苦しくなる胸を抑えてそこから離れた。わたしの分は、そこにはない。あげていないからだ。あげようかとも考えたが、いくら聞いても彼はプレゼントなんて欲しがらなかったし、それなら、あげたって自己満足になるだけでちっとも彼を喜ばすことなどできない、と思ってやめた。しかし、もやもやとしたこの気持は何だろう。ぎゅう、とベッドの上で膝を抱えて顔を伏せる。こんなつまらない嫉妬をするくらいなら、自己満足でもいいからプレゼントを用意すればよかった。わたしは酷く後悔した。そうして、ただひたすらに、彼の帰りを待つ。刹那、刹那、刹那。



名前を呼ばれて目を覚ますと、いつの間に帰ってきたのか、わたしが帰りを待っていたバースデーボーイがベッドの脇に屈みこんでじっとわたしを見つめていた。少し驚いたような赤い双眸が、真っ直ぐにわたしを射ている。

「どうした?」
「誕生日、おめでとうって言おうと思って」

待ってた。わたしは精一杯の平静と笑顔を保って、恐らくは疾うに承知であろう事実を馬鹿みたいに丁寧に告げた。もちろん、そんなことは承知であった彼はそれには応じず、代わりにひどく怪訝そうな顔をして、

「何かあったのか」

と再び尋ねてきたので、わたしは三度訊かれる前にと、ぎゅうと彼に抱きついて本当のことを言うことにした。

「やっぱり誕生日プレゼント、用意すれば良かった」
「必要ないと何度も言っただろう」
「でも刹那、プレゼント貰えたら嬉しいでしょ?」
「別に、プレゼントが嬉しい訳じゃない。他人が自分を気にかけてくれているのが分かるから、それで少し嬉しいだけだ」
「そう」

そう言って黙り込んだわたしの背中をそっと撫でて、溜息をつくと、それからさらに一呼吸おいて刹那は言葉を続けた。優しいけれども、はっきりとした意思を持つ彼の声が、じわりと空気に触れて消える。


「なに」
「人と同じ事をする必要はない」

それは酷くわたしの奥底に響いた、単純な、しかしとても大きな発見の言葉だった。刹那はわたしの背を撫でるのをやめてその綺麗なルビーの瞳でわたしの顔を覗き込む。見えた双眸は、きらきらと、夜空に輝くベテルギウスのように赤く、静かで、そうしてすべてを見通せるかのように力強かった。わかった、とわたしは彼の言葉に確かに頷く。

「じゃあ、なにもないけど....刹那、誕生日、おめでとう」

プレゼントはなくても良いけれども、あった方がより一層嬉しい現金なわたしは、やはり来年こそはという思いを胸の奥底に仕舞い込んで刹那を見つめた。きらきら、きらきらと、彼の双眸が優しくわたしという世界を照らしてくれているのがわかる。それが嬉しくて頬を緩めると、彼は「ありがとう」と言ってほんの少しだけ、柔らかに笑った。僅かだけれども、刹那が笑っている。見慣れないその表情に驚いたわたしが、思わず首を傾げてその理由を尋ねれば、彼はとても真摯な目をしてこう言った。

「その言葉を 俺はずっと待っていた気がする」








ラッキーボーイ

040809