「きっと次の戦いが最後になる」

目の前の男は、黒い髪の合間に覗く赤い双眸でわたしを捉えながら静かにそう呟いた。シャワールームの入り口で彼と対峙しながら、わたしは何も言えずにただひとつ瞬きを落とす。そうやってわたしと刹那が沈黙する間も、さあさあという水の音だけは休むことなく静寂を包んで壊した。わたしが入ろうとしていたシャワールームは、小雨のような音を立てて落ちる無数の雫によって温め始められたばかりであった。

「最後って?」

どういう意味の最後なの、とわたしは呟く。疲れきったような、期待を寄せる先を見失ったようなその声は、何だかとても大人びていてかさかさしていた。

「もう二度と戦争は起こらない」

そうしてきっと、もう二度と目の前の人間を見ることもないんだろう。わたしは刹那の言葉に微笑んで、胸中でそう付け足した。その言葉を反芻することも、やんわりと微笑みを浮かべることも、一ミリもずれることなく常に戦いの中心にいる人間を愛するようになってついたわたしの嫌な癖だった。だが、もはや違和感を感じることも苦痛もまるでない。それでも、わたしは冷静に、しかし本当のところはやけに必死に、こちらに向けられている刹那の赤い双眸から逃れようとしていた。なぜだかは分からなかったが、どうしても捉まりたくないと思った。捉まったら、泣いてしまう気がした。

「気をつけてね」
「ああ」
「刹那って、実は熱くなると周り見えなくなるタイプだから」
「そんなことはない」
「心配だわ」

ぐらり、と最後の言葉が揺れた、わたしは思わず目を瞠った。ざあ、とシャワーから溢れる雨の音がする。ああ、止めなければと、半ば口実を作るかのようにわたしが思えば、次の瞬間にはそれを遮るかのごとく、刹那の低い声がした。



半透明のドアを開けて、シャワーを止めるために伸ばした手を、昔ほどではないとは言え、それでもあまり他人に触れない刹那の指先が強く掴む。人の痛みに触れ、未来を創る彼の手はいつも、わたしが思うより少しだけ温かかった。

「俺は戦う」
「例えそれが次の瞬間でも、死ぬ間際でも」
「目が見えなくなっても、腕がなくなっても」
「俺は ガンダムに乗る」

ぐ、とわたしの手を掴む刹那の力が強くなる。彼の声が、余韻を残して溶けていく。わたしは、ただ刹那の言葉に俯くだけで、結局気の利いた相槌のひとつも返せない。

「だから、
「...なに?」
「いつも、"これでいい"、お前がそう思う生き方をしてほしい」

顔を見なくても表情が目に浮かぶ、その声は酷く穏やかなものだった。わたしは、長らく伏せていた顔を上げて、刹那の赤い双眸を見詰める。彼は、笑ってなどいなかった。けれども、わたしを見るその表情はとても優しくて、瞬きの度に涙がわたしの頬を伝って落ちた。

「刹那」
「なんだ」
「かえってきて、絶対」
「ああ」
「死なないで」
「分かった」

聞いているのかいないのか、一つ一つに短く返して、不意に刹那はわたしの手、ではなく二の腕を掴む。そうして次の瞬間には、驚いて、刹那、と言い掛けたわたしの声を、彼の唇が優しく掠め取っていった。ゆっくり、じんわりと、刹那の体温が唇に伝わる。そこでようやくわたしは、それが何であるのかを理解した。









きみにだけ教えたかったこと

090625