もう泣かないと決めて彼と愛したあの暗闇を出た、その日からずっとわたしは平静を装って、ソレスタルビーイングの一員としての仕事を黙々とこなす生活をしていた。不便や不都合は大してなかった。ただ、刹那と過ごして満たしてきた時間を埋めるために、酒や煙草を多く呑むようになっていた。自分が無理をしていることは分かっていたし、それが極近しい周囲の仲間たちに知れてしまうことも想像に難くなかったが、それでも強がりをやめることはできなかった。格納庫の見えるガラス窓に寄り掛かって手に持った煙草の箱を弄んでいると、不意に誰かが廊下をこちらに向かってくるのが分かって、顔を上げる。そうして何かを期待した自分自身を嘲笑って、わたしは見知った顔の来訪者を自分の隣へと快く迎え入れた。

「ライル」
「おいおいお嬢さん、さすがにそれは似合わないぜ」

新緑を思わせる緑色を差した制服を身にまとったライルは、わたしの手元を示して苦笑する。窓に寄り掛かってこちらを見る彼が黙ったまま首を傾げると、緩やかにウェーブがかったその栗色の髪が柔らかに揺れた。

「それに、艦内は全面禁煙だ」
「模範解答ね」

わたしが軽く笑うと、ライルは少し頬を緩めてその手のひらでわたしの頭を二、三度撫でる。今年で31歳になるという彼は、前の大きな戦いで大事な人を失って以来、しばしばこうしてとても優しい笑い方をするようになっていた。

「とても優しい顔だわ」
「そう言うおまえは浮かない顔だな」

会話は綺麗にそこで途切れた。しかし、何があったのかを、その美しい緑色の双眸が静かにわたしに問いかけていた。思わず逸らしそうになる視線を、ライルは上手く捉えて逃がしてはくれなかったが、それでもわたしはただひたすらに沈黙を守り続けた。刹那のやつと別れたのか、とライルが慎重に言葉を選んで口にする。しかし、その真っ直ぐな言葉に対する真っ当な回答を持たないわたしは、やはり何一つ答えられないまま、長い長い沈黙の後に、困惑の滲んだ彼の溜息を一つ受け取るばかりであった。結局ライルはもう一度わたしの頭を優しく撫で、わたしに刹那と対話するよう言い聞かせて去って行ったが、わたしはそれに対する答えも考えあぐねて、そっと自らの視線をガラス窓の向こうへと放り投げた。格納庫にてその身の完成を待つ、クアンタの姿が見える。無意識に握り締めた手のひらの中で、煙草の箱がぐしゃりと潰れた。



崩れ落ちる彗星




091810