ぎし、とベッドの軋む音がした。慣れた重力の下で、わたしは見知らぬ男の指先が肌をなぞり、その熱い舌先が首筋を撫でるのを感じながら、彼の吐息に逸る自分の鼓動へと耳を澄ませる。ライルがわたしの頭を撫で助言を授けて去って行った日から既に3日が経っていたが、相変わらず、わたしは刹那という男から、目を逸らして生きていた。しかし、彼の後姿をつい目で追ってしまうことや、愛されるうちに知っていった彼のその体のラインが、わたしを意図せず欲情させてしまうこと、彼を独り占めしたいという愚かな願い、そういった一連のものからは上手く逃れられずに、用事があるからと嘘をついて地上に降りたわたしは今晩、この人生で二人目の男に、女としての自分を曝け出そうとしていた。相手が誰であれ、触れられれば同じように反応する体は、わたしをとても安心させた。ああ、わたしは刹那のものではないし、刹那もまた、わたしのものではないのだ。こうして誰とでもまぐわえることは、それを証明する何よりの証拠に思えた。


それでも、頭の中にループすることは、長いことわたしを愛してくれた、たったひとりの男のことばかりであった。思えば、触れてくる指先の、あの迷いのなさや、わたしの名前を呼ぶ、あの愛しい声や、ときどき、本当にときどき、愛している、と告げてくるあの優しい双眸が、ずっとわたしの愛しいものであった。わたしは、物足りない、と無意識に思いながらも、夢中になっているその男が可愛らしくて、名前を呼ぼうと唇を開く。しかし、結局何の音も漏らさずに、小さく笑った。ゆっくりと、我慢ならない、と言わんばかりの男を押し退けて、床に散らばる衣服を纏う。振り返って礼を言い部屋を後にするわたしを呆然と見送るそれは、確かにとても美しい男であったが、わたしが愛しいと思うもののすべてを欠いていた。名前なんて、知る由もなかった。




そんな風に泣くくらいなら、僕のことは忘れるべきだ


092210