夜がとても深いな、と思ってわたしはブリッジで作業をしていました。辺りにはまだ、腕の立つ戦術予報士がいて同じように残業をしていましたが、不意に彼女は「そろそろね」と言ってわたしにハッチを開ける指示を下します。丁度その日は朝からソレスタルビーイングの戦術予報士、スメラギさんの名代としてクルーの二人が地上に出向いていたので、わたしはきっと彼らが帰ってくるのだなと思ってスメラギさんの指示をこなしました。それから、ガンダムが据えられる格納庫へと向かいます。それは、ここ最近のわたしの日常でありました。しばらくすると、開けたハッチを潜って一機の美しいガンダムが帰艦してきます。ゆっくりと稼働をやめたガンダムのコックピットが開いて、今朝から出掛けていた刹那との二人が顔を見せました。はスメラギさんの名代だったので、黒の柔らかなドレスに身を包んでいます。それは、見慣れない格好でしたが大層きらびやかで女らしいものでした。わたしはこっそりと溜息をついて、これもまたこっそりと、一体いつになればわたしもあんな風になれるのかしらと考えました。刹那はいつも通りのパイロットスーツを身に纏って、美しくもガンダムの乗り降りには不便な格好のを抱きかかえて艦内に着地します。真夜中までの長時間勤務と名代としてのストレスで疲れたのでしょう、は出迎えたわたしを見付けると、刹那の肩にくたりと頭を預けたまま「ああ、フェルト、お疲れさま」と力無く笑いました。「お帰りなさい」とわたしは二人に返します。はそれに再び笑って「ただいま」と言いましたが、刹那は「スメラギは」とスメラギさんの居場所を聞き掛けて、を大層怒らせました。「刹那、挨拶を無視するなんてわたしの前では許されないわよ」というに、刹那は格納庫を出て廊下をブリッジに向かいながら、暫し沈黙して、「次は気を付ける」とだけ言いました。わたしにはそれが酷く微笑ましく思えて、二人にばれないように微かに笑ったのでした。それから、廊下を半分ほど行った辺りで不意にが小さく声をあげて、刹那を止まらせるので、何かと思うと、彼女はそっと彼のヘルメットに両手を添えて、彼の代わりにそれを外してやりました。そうして、わたしたちは三人揃ってブリッジへと足を踏み込んだのです。もちろん、そこでわたしたちを出迎えてくれたのは、優しくたくましい上司のスメラギさんでした。「あら、随分仲が宜しいじゃないお二人さん」スメラギさんは開口一番にそう言います。それで、わたしも気が付いたのですが、本当ならが助けを必要とするのはガンダムへの搭乗時と降機時だけで、廊下を歩く時なんかは誰の手助けも必要なかったのです。それでも、刹那はを抱きかかえて廊下を渡ってきましたし、も特別何を気にする様子でもありませんでした。刹那はスメラギさんの言葉にどう返すのだろう、と、わたしが隣をこっそりと盗み見ると、彼は真っ直ぐに、本当に真っ直ぐにスメラギさんを見て、「そんなことより報告を」と言いながら、そっとを下ろしました。は僅かにハイヒールを鳴らして床に立つと、先ほどまでの眠たそうな気配など少しも見せずに報告すべき要件を諳んじて見せます。その時、わたしは思ったのです。ああ、この二人はなんてお似合いなのだろう、と。だって、そうではありませんか。彼らはお互いを想い合っているばかりではなく、男と女の理想をも、つまり男によって強くなる女や、女によって支えられる男をも、それは見事に体現していたのですから。








092610