カツカツと高めのヒールの音が室内に響く。それは電子音を立てる様々な機材の音と重なっても同調しない、妙に孤独な音だった。室内に数名いた研究員と思われる面々が律儀に頭を下げる様子に、軽く手で指示して人払いをすると、高らかにヒールを鳴らしてやってきた女は徐に一つの椅子の前で立ち止まる。その椅子は、数ヶ月前から首輪と腕輪で自由の利かない一人の男の特等席だった。モニターの煌々とした明かりのみの薄暗い部屋で、緩やかに彼の銀色の髪が揺れる。そのあわいで、琥珀色の目が、射竦める様に女を見上げていた。しかし、その視線に怯むことも無く、女は艶やかに紅を刷いた唇で笑む。

「こんばんは、デカルト・シャーマン」
「これはどうも、大佐」
「ご機嫌いかが?」
「ええ、お陰様で今日も最悪ですよ」

憎らしい口だわ、とはひとつ、からりと笑った。しかし、それに続くのは絶え間のない無機質な機械音だけで、デカルトはじっと目の前の上官から視線を外さず黙り込んでいる。暫くの間、そうしてお互いに視線を外さないまま口を利かずにいると、不意にの指先がするりと伸びて、デカルトの首輪をぐいと掴んだ。それから、は僅かに歪んだ微笑みで、可哀相、とだけ呟くので、デカルトは即座に、あなたがね、と返してやった。

「部下を殺したなんてとんでもない人だ」
「殺したわけじゃない」
「一緒ですよ。戦地で部下に指示を出したのはあなただった」
「黙りなさい、モルモットの分際で生意気よ」

しかし、冷たく言い放つにも、デカルトの言葉が事実であることは分かっていた。先の戦闘で部下を失ったのは偏に自分の責任であると確かに思っていたは、目の前の男にさらりと図星を指されて、腹が立って掴んでいた首輪を乱暴に放つ。すると、その衝撃に僅かにデカルトが顔を顰めたので、はそれがまるで褒美であるかのように、ひとつとても綺麗に笑んでみせた。彼女にとって、自らより強い者を虐げることは何にも替え難い快楽だった。時々研究員たちが実験を行うこの部屋へ足を運んでは、わざと彼の苦しむような指示を出していたのも、ただその快楽を得るためである。しかし、デカルトは苦しむ様子こそ幾度も見せたが、泣き言はおろか、不満さえ一度も口にしなかった。その代わり、沈黙を守り続ける彼の双眸だけはいつも真っ直ぐにを見据えているのだ。は、それが嫌いだった。

「あたし、あんたが嫌いだわ」
「それは申し訳ない。大佐が泣ける場所はここにしかないようなのに」
「泣いてなんかいないわよ」
「泣いてますよ」

いつも、ここに来るときは泣いてるじゃないですか。平然とそう言ってデカルトはを見上げながら口端を上げた。そんな風に、分かっているはずですがね、と言わんばかりのデカルトが鬱陶しくて、はこの男の両目を潰してやりたいと思った。しかし、この部屋に入ってからずっと、彼の瞳は琥珀色のままだ。デカルトはの思考を読んでいない。それなのに、こうも自分の思っていることを言い当てられるとは。は言いようのない腹立たしさを覚えて、ぐいとデカルトの首を掴んだ。手袋をしていない手は、直に彼の肌に触れる。彼が音を紡ぐ度、捕まえた喉が僅かに震えた。

「いいですよ、殺しても」
「なんですって?」
「実験以外で人に触れられたのは久しぶりだ」

の問いかけにも答えず、デカルトはそれだけ言って目を閉じた。薄暗い室内は、再び微かな電子音ばかりが響く静寂を取り戻す。視線の先では、デカルトの柔らかな銀の髪が、人工的な光に照らされて尚うつくしくの腕に枝垂れかかっている。は温かく脈打つ喉を捕まえたまま、ただ只管に、手袋をしてこなかったことを酷く後悔した。











渇望する世界の足元でぼくら寂しがりの天使




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