「あ、忘れ物」
「ええ?」
「アレルヤ、先に行ってて」
「いいよ、僕もついてく」






逆さまにして誓えば、






ブリーフィングルームに向かうトレミーの廊下をアレルヤと歩いていたは、そっと体を反転させてもと来た道を戻る。ついでに、ついていくよと言ったくせにアレルヤが隣で溜息をつくのを聞き逃さず、軽くその腕を叩いてやると、痛いよ、とまた溜息をつかれた。そんなに鍛えた体で痛いわけ、ないでしょうに。

「何を忘れたの?」
「指輪」
「え?」
「だから」

指輪だってば。そう言ってが右の手をひらひらと振ると、アレルヤは吐きかけた三度目の溜息を押し込んで沈黙。確かに、は常にピアスと指輪だけは欠かさないひとだ。確か、いつも右手の薬指で銀色に光っていたその指輪は、アイルランドの指輪だと聞いた。王冠を載せたハートを両手で包んでいる形を模したそれはちゃんと意味があるらしくて、は僕と付き合い始めた頃にその指輪を逆さまにした。いや、あれは、元々逆さまだった指輪を正しい向きで嵌め直していたように思う。とにかく、はずっとそれを肌身離さず付けていて、僕は時々僕があげたわけでもないそんな意味ありげな指輪を大切にするに不安になった。それって、そんなに大事なものなの?

「あ」
「...?」

どこに置いていたのだろう。部屋に戻ってきてすぐに、あった、と言いかけたはしかし、ベッドの傍で急に立ち止まった。不審に思ってアレルヤはベッドの付近に視線を向けたけれども、そこに何ら違和感を与えるものはない。それにも関わらず指輪に手を伸ばすのも忘れて、じっとベッドを見つめているが心配になってアレルヤが声をかけると、はふっと逃げるように視線を外して指輪を掴んだ。アレルヤはもう一度ベッドへと視線を投げる。寝坊した所為で起きた時のままになっているベッド。ああ、そっか

「思い出しちゃった?」

アレルヤの声にが動揺したのはまったく明らかな事実だった。くすりと笑って、アレルヤは足早に部屋から出ようとしたその体を引き寄せて後ろから抱き込む。昨日そうしたように、首筋に唇をあてて撫でるようにキスをして、わざと息がかかるくらいの耳元で名前を呼んだ。そうして、面白いくらいに早くなるの鼓動に苦笑する。(後ろからに弱いみたいだったから、もしかしてそれで余計どきどきしてるのかな?)


「アレ、ルヤ」
「ねえ、そんな声で呼んだら、僕たちブリーフィングルームに行けなくなるよ」
「だっ だめに、決まってんでしょそんなの!行くわよ、ほら!」

ぐい、と少し強い力でアレルヤの腕を押し退けて、はアレルヤの手を引いて部屋の外へ出た。ブリーフィングルームに向かい歩きながら、そっと指輪をはめる。アレルヤは横で何も言わずにその様子を眺めていたけれども、やはり彼女の指輪はいつもと同じ、右手の薬指に正しい向きではめられた。誰からか貰ったらしい、の大切な指輪。誰から貰ったの、と聞こうとしたアレルヤは、しかし、返ってくる答えに怯えて咄嗟に質問をすり替えた。

「あの、、それ、どういう意味なの?」
「これ?」
「うん、僕と付き合う前は逆さまだった」
「これはね...見てて?」

そう言ってははめたばかりの指輪を外して、右手の薬指に逆さまにはめなおす。

「こうすると、わたしに恋人は居ません、わたしのハートはオープンですよ、って意味なの」
「...あ、...」
「だから、今のわたしの指輪の向きはその逆。誰かさんに怒られるから、もうわたしのハートは誰にでもあげられないのよ」

ふふ、とふざけたように笑って、はまた指輪をはめ直そうとして左手を指輪へと伸ばした。細い指先。何とはなしにその動きを見つめて、ふとアレルヤは疑問に思う。(あれ?)

「待って、
「なに?」
「じゃあこっちの手は?」
「こっちは...」

アレルヤに掴まれたのは左手。ああ、どうしよう、とは胸中で一度躊躇って、アレルヤを見る。じっと見つめてくる、優しい双眸。とくん、と微かに、掴まれた手から愛しいアレルヤの拍動が伝わってじんわりと胸が熱くなった。

「左手の、薬指に逆さまに嵌めると、婚約中」

どきんどきんとうるさいくらいに心臓が鳴る。アレルヤの視線がくすぐったい。期待しているのかもしれない、と思ってすぐに、きっともう彼はわたしが期待していることくらい見抜いているんだろうと思った。

「左手の薬指に正しく嵌めたら、"結婚している"?」
「そう......分かった?」
「うん、わかった」

ぐっとアレルヤはの腕を引いて慣れたように唇を塞ぐ。幸い廊下には誰も居なくて騒動になる事は無かったけれども、それでももしもブリーフィングルームのモニターで見られていたらどうしようと思うとは気が気でなかった。(だいたいなんで分かったからってキスするのか、わたしにはそれがまったく分からないわよ!)驚いて押し退けようとしても、逃げることを許さない良く知ったアレルヤのキスの仕方。ここが廊下でさえなければ、もっと丁寧に受け取れたのに。ゆっくりと離される唇を名残惜しく思いながら、は何だかんだでアレルヤの愛を享受している自分に胸中で苦笑する。ぎゅうと手を握られて顔を上げると、アレルヤは頬にひとつキスを落としての手を引いた。

「...この先は、もうすこし、待ってて」
「な、なに言ってんのアレルヤ...もう、バカ言ってないで、わたしたち完全に遅刻よ!」
「あれ、そっち?キスの続きなら今日の夜でもいいけど」
「は?」
「ちゃんと見てよ」

ふふふと笑ってアレルヤは掬ったの左手をひらりと振る。薬指に逆さまに嵌められた銀の指輪が、動きに合わせてきらりと揺れた。









きみともっと近くなる



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