優しい匂いで目が覚めた。




「あったか....い...」

意識を取り戻して最初に感じたその温もりは確かに心地良かったが、ふとは不審げに眉をひそめた。明らかに自分の体温ではない。なぜなら、もしもそうなら、こんな風に意識することはありえないからだ。しかし、かといって布団の温もりでもない。布団にしては、やけにはっきりとした、熱なのだ。自分の体温でもない。布団の温もりでもない。では、一体何が。

「あ」

寝惚けたままふと隣を目視して、そうしての頭は熱の理由を発見すると同時に完全に覚醒した。大きな逞しい身体が、そっとに寄り添っている。(熱源体はこの男だったか)そう胸中で呟いて、小さく微笑う。直に伝わる体温は、くすぐったいけれどなんだかとても心地良い。もう裸なんて見せ飽きたし見飽きたくらいなのに、ブランクがそうさせるのか、すっかり大人のものへと変貌を遂げた彼の身体がそうさせるのか、少しばかりの気恥ずかしさが心地良さの合間に顔を覗かせていた。そっと視線を周囲に遣ると、布団の上に置かれた腕はの身体に柔らかな重みをかけてくる。それは無意識に逃がすまいとしているようにさえ思えて、は愛しさに胸が潰れてしまうのではないかと大層自分の体を心配した。(あんたじゃないんだから、どこにも行かないわよ)は起きる気配もなく隣で規則正しく呼吸する男を見つめる。ぐしゃぐしゃな気持ちのまま、昨日4年ぶりの再会を果たして、色んな話をして、そうしてそのままわたしは。わたしたちは。

「アレルヤ」

声をかけても、反応はない。昔だったら揺すり起こせばハレルヤが相手をしてくれていたけれども、今はそのハレルヤも、いない。は身体を起こしてアレルヤを見た。柔らかなラインの頬に、優しく睫毛の影が落ちて呼吸の度に微かに揺れる。今までのことを訊いた時、アレルヤは、ハレルヤは行ったと言っていた。わたしは、彼がどこに行ったのか、訊かなかった。何故だかはわからない。でも、訊いたら全部が過去に流れていってしまうような気がして怖かった。

「アレルヤ」

その温かな体に覆い被さるようにして、眠るアレルヤの頬にキスをする。ひとつ。それから、瞼にもキスをする。ふたつ。そうして穏やかに酸素を取り込む唇にキスをする。みっつ。さらに首筋に顔を埋めてもう一度、キスをしようとしたところで声が上がった。

「あっ、あの、

近付こうとしていたの肩をやんわりと押さえたアレルヤは、恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らしている。恐らくと同じように熱で目が醒めて、見えた光景に覚醒したのだろう。肩に触れる手のひらが熱い。もっと、触れて。そう言い掛けた唇を、は戒めるように一度噤んだ。代わりの言葉を用意するのに掛かった時間は、3秒。

「...昨日散々見たじゃない」
「そ、それは...その...夢中だった、から...」
「そう...つまり、今は夢中じゃないのね?」
「えっ!?そういうわけじゃ...ないよ........とても、綺麗だ」
「じゃあどうして目を逸らすのよ」
...」

ちらりと、遠慮がちに一瞬だけ視線を寄越してまた逸らしたアレルヤを、ここぞとばかりには茶化してくっついてこようとする。そんなをまたやんわりと阻止しながら、アレルヤは頬を染めたまま困ったように眉尻を下げた。その目は出来るだけの顔のみを見ようと必死だ。脇腹に触れる太股が熱い。ああ、これが僕を受け止める、おんなのこのからだ。(やわらかい)

「と、とりあえず布団の中においで、身体冷えると良くないし...それに、その、」

女の子が裸で男の上に乗るもんじゃないと、思うんだけど。相変わらず困ったまま、そう言いかけたアレルヤは、しかしその一言をたった一瞬の軽い電子音に阻止された。いや、正しくは、その後に続いた声と悲鳴に。

「失礼する」
「っわああああ!」
「ティエリア!」

咄嗟にアレルヤがを抱き込んで布団の中に連れ戻すと、ようやく見えたティエリアは心底嫌そうな顔をして2人を見ていた。の大して可愛くもない悲鳴が耳に残る。昨日の夜とは大違い、そう思ったけれども、それどころではない。思わず強く抱き寄せていたの心臓が早鐘のように鳴っている。その事実で、アレルヤはティエリアが何を言おうとしているのかを理解した。床に散ったプラスチックの破片と小さなチップの残骸が脳裏をよぎる。

に、話がある。後で部屋に来るように」
「......」
「返事がないな?」
「....はい」
「では後程」

簡潔に要件を済ませて部屋を後にするティエリアを視線だけで見送って、アレルヤはそっと腕の中にいるを覗き込んだ。心臓の音は、まだ、アレルヤの知っているものより少し早い。やけに静かながもしかして泣いているのかもしれない、アレルヤはそう思って確認しようとしたけれども、それよりも早く抱き締められて、結局の表情を確認することは出来なかった。不安だ。(、知ってたかい?)きみを思うと、僕の胸はこんなに苦しい。

「...行かなくちゃね」
「.......大丈夫かい」
「平気よ、一回くらいぶたれるかも知んないけど」
「...僕も行こうか?」

徐々に言葉が小さくなるの背中をそっと二度、宥めるように叩いて、アレルヤは苦笑した。それから、着替えるために離れたに倣って、アレルヤもベッドから起き上がって着替えを始める。お互いに背を向けたまま、それでも2人の会話は続いた。

「行こうかって...何のために?ティエリアの平手からわたしを守ってくれるの?そんなの」
「違うよ」

ティエリアの平手打ちを妨害するなんて、そんな無謀なこと出来ない。

「彼の平手を妨害したら、きっと僕も一発、殴られる」
「二発くらいよ」
「ふふ、そうかも」
「でも、じゃあなぜ、付いてくるつもりなの?」

ボトムスを穿いた辺りで飛んできた質問に答えようと、アレルヤは無意識に、着替え途中に振り返る。しまった、と胸中で呟いてすぐに視線を戻そうとしたけれども、同じく背中を向けたままだったが丁度下着のホックを付けかけていたので、そっとそれを引き受けて留めてやった。ありがとう、という声を聞き届けて、アレルヤは声もなく微笑む。そうして振り返った、答えを待つの瞳と、ようやくアレルヤは真っ直ぐに向き合った。


「きみは僕の隣がいちばん強いからだよ、













知らなかったのかい









(僕が居ると きみの元気がいいって、よく言われる)
110908