「緊急事態発生!総員、戦闘態勢に入ってください」
「夜中だっつうの!」


気持ちよく睡眠を食んでいたわたしは目を覚ますと同時に艦内放送に噛み付くように叫び返した。声はフェルトのものであったので、何の罪もない彼女に対する申し訳ないような気持ちがあとから競りあがってきたけれども、(ごめんねフェルト)何者かに睡眠妨害をされたとあっては叫ばずにはいられまい。時計を見ると、眠りについてからまだ三時間も経っていない。いっそこのまま寝なおしてやろうかとさえ思ったが、それでも、異常な揺れが緊急事態を告げているのも確かで、わたしは仕方なくまだはっきりとしない頭で起き上がった。一体、こんな時間に何が起きているというのだ。連邦軍だろうか。それとも、アロウズか。はたまた、ただの賊か。わからない。わからないが、どちらにしろ戦術予報はもうスメラギさんが用意し始めているだろう。あのひとは天才だ。少なくとも、わたしはそう思って慕ってきた。スメラギさんが居る限り、戦術予報士としてはまだまだ未熟なわたしなどの出る幕はなさそうだが、しかしクルーである以上状況を把握しに行かないわけにもいかない。そう思ったので、温かな布団の誘惑をギリギリで丁重に断って、わたしは部屋を出るために何か衣服を着ようと視線をさ迷わせた。しかし、大きな揺れが不安を煽ってそれを許してはくれない。まずいんじゃないかこの状況は。本能でそう察して、とりあえず目に付いた、昨日同じ部屋で寝た男の忘れ物を羽織ってボタンを留める。シャツの色が黒でよかった。透ける心配がない。そうして、わたしはそのままドアの外に出て急いでブリッジへ向かった。

「フェルト、一体何が」
!」
「アレルヤ」

ブリッジのドアが開くと同時にフェルトに質問を浴びせかけたというのに、返ってきたのは聴き慣れた男の声。驚いたけれども反射的に名前を呼び返して室内を見れば、わたしを呼んだ男はオレンジ色のパイロットスーツに身を固めて出撃に備えていた。さすが、マイスターだ。艦内放送からここに至るまでの動きが機敏すぎる。確かに無駄はあったかもしれないが、わたしだってそこまでのろのろしていたわけではないというのに。そう思って、わたしは一度、アレルヤから視線を外した。室内を見渡して、スメラギさんの姿をシートの向こうに確認する。その合間に、心配そうなオレンジ色の、そして、嬉しそうな翠色のマイスターが視界に入った。なぜ彼らがここに居るのか不思議だったが、それよりも今は、何が起きているのかを知っておきたい。

「スメラギさん」
「魚雷よ。今、刹那とティエリアが出撃中」
「二名だけ?」
「ええ」
「ここの二名の出撃は?」
「そう思って準備してもらったけど、その必要はなさそうね」
「そうですか」

そうしてわたしが納得したように頷くと、会話の終了を待っていたかのようにアレルヤが寄ってきて、外に、と一言だけわたしに告げた。彼が動く度に、優しい匂いがする。そのせいなのか、状況を把握してすっきりしたからなのか、忘れていた眠気が急に戻り始めていた。刹那とティエリアが帰ってきたら、アレルヤ、一緒に寝てくれないかな。そうなったら、暖かいし、落ち着くし、安心するし、幸せだし、最高なんだけどな。そんなことを考えながら、アレルヤに従って廊下に出ると、アレルヤはいつもよりも困惑した表情でわたしを見つめて小さな声で呟いた。呟いた、というよりは、溜息のついでに吐き出した、そんな感じだ。

、なんていう格好で....」
「仕方ないじゃない寝てたんだし、緊急事態だって、言うし」
「でも...いくらなんでもこれは」
「パンツははいてるんだから、それで許してよ」
「そういう問題じゃ...」
「じゃあ、どういう問題なの?」

わざとアレルヤに近付いて、耳元で尋ねる。そっと胸を押し当てると、びく、とアレルヤの体が揺れた。わたしがそれに気付いてにやにやとアレルヤの顔を覗き込めば、彼はそれから逃げるように顔を逸らす。それでも、頬が赤いのまでは隠せないのだが、あまり言っても可哀相なのでそこは黙っておくことにした。普段は宇宙を漂っている沈黙が、廊下を支配していく。何の音もしない一瞬が、音もなく生まれては音もなく消えていく。アレルヤの力強い鼓動だけが、肌を通して知覚できる唯一のものだった。先程までは不規則に揺れていた艦体も、今はもう揺れていない。それに気付いて、体を離してブリッジに戻ろうとすると、すぐにアレルヤがわたしの腕を引いて抱き留めた。また、心臓の音がする。それに、いい匂い。


「...なあに」
「部屋まで送るよ」
「え、でもまだ」
「こんな格好のきみを、他の男の目になんて晒したくない」

驚いて顔を上げたわたしをしっかりと見つめるアレルヤの頬はもう赤くなんてなかったし、心臓の音も早くなかった。代わりに、今度はわたしの頬が火照って、心臓が跳ねる。それに気付いたのか、アレルヤは一度だけ小さく笑ったが、しかしそれはわたしが浮かべたような意地の悪いものではなくて、至極やさしいものだった。わたしのこめかみにキスを落として、アレルヤは歩き始める。素直に従うものかと思ったけれども、アレルヤが強引に手を繋いできたので、わたしは彼の言いなりになるしかなかった。繋がれた手から、手袋越しの温もりが伝わる。パイロットスーツを着ると強引になるジンクスなんてあっただろうか。そんなことを思いながら、そっと一歩前を歩く男を見つめる。驚いたことに、途端に目に入ったのは、いつもの愛らしい優男ではなくて、立派なガンダムマイスターの男であった。大きな背中に、逞しい腕。長い脚に、細い腰。なるほど、何をどうしても、わたしの頬の熱が引いてはくれないわけだ。












「心配しなくても、誰も変なことなんてしないって」
「ロックオンがきみのこと見てた」
「ライルが?気にしなくていいわ、いつものことよ」
「...いつも?」
「あ」
「ねえ、、それ、どういうこと?」

抜け出しました安全圏
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