間、と呼ぶべき人間たちが一室に集まっている間中、わたしはスプラッタ映画などでよく見るワンシーンように、息を殺して、泣きながら部屋の角に身を潜めていた。なにから、逃げたいのかなどわからない。大きくもあり、小さくもあるそれは一個の生命体であるにもかかわらず、同時に別の一個の生命体を支配する世界規模のなにかでもあったのだ。そんな不可解なものを定義する言葉を、悲しいことにわたしは知らない。唯一解ることはといえば、これもまた悲しいことだが、今この瞬間ほど、生まれてこなければよかったと思ったことはないという自虐的思考、それだけである。苦しい。恐ろしい。辛い。世界が冷たい。ぎゅうと膝を抱き寄せて、わたしは一つ身震いをした。ああ、ついに、恐れていたこの時がきたのだ。わたしは間も無く深海に沈められる。見知らぬ世界だ。酸素を得る手段もなく、逃げるべき道すらない本当の暗闇の世界。そこへわたしは音もなく沈んでいって、そして仕舞いには水圧に押し潰されて、死ぬのだ。きっと、それは一瞬だろう。なんと呆気ない終わり。なんと無意味な苦痛。すべてを捧げたがゆえに死んでいく羽目になったわたしを、嘲笑ってくれる人間さえ一人もいない。わたしは彼の心に知らぬ振りをした自分を酷く後悔した。だが、今となってはもはやすべてが手遅れだ。わたしが一生懸命に愛を注いだ人間が別の人間を愛し始めたことくらい、わたしには予想がついていた。いや、恐らく、わたしは最初から、知っていた。彼が、何を求めていたのかを。しかし、聞きたくなかったのだ。知りたくなかったのだ。何せ、そうしてしまえば、わたしはこの尽きない愛情を腐らせる以外にすることがなくなると、解っていた。行き場をなくし胸に残った愛情が腐れば、やがてそう待たずに、わたしの体も内側から腐敗していく。それがどんな心地のものか解らずに、わたしはずっとずっと、それを知る瞬間の到来に怯えていた。こなければいいと、耳を塞いで、目を伏せて、馬鹿な振りをした。しかし、結局のところそれを避けようとしたわたしの努力は、無駄にしかならなかった。見ずとも、知らずとも、聞かずとも、その現実は私の許に訪れたのだ。なぜ幸せなままでは居られないのか。なぜこんなにも苦しいのに、わたしの体は死ぬ気配さえみせないのか。解らない。解らないのだ。わたしには、このような状況下ではどうするべきなのか、皆目見当がつかなかった。或いは、どうする必要もないのかもしれない。彼がいないのだ。泣いたって、優しい声は聞こえない。笑ったって、頬に触れる唇を感じない。ああ、わたしは多くを失った。そして何より悲しいことに、失われたそれらが何処へいったのか、わたしにはちゃんと予想がついている。






その一秒
11172008
(一秒でも長く愛していたかっただけなのに)