「エクシア、あのね、刹那ってねえ」

待機室から、そっと整備の様子を窺う。それは刹那にとって日課であったが、しかし、このとき刹那は、横たわる見慣れた自分の相棒を、ではなく、その傍らで笑いながら話をする女をじっと見つめていた。返事が返ってくるわけでもないというのに、彼女はいつも暇さえあればガンダムに近寄っていって話しかけている。エクシアだけにではない。前に、キュリオスにも、デュナメスにも、ヴァーチェにも、話しかけているのを見たことがある。なにが楽しいのかは頓と分からなかったが、それでも、刹那はそんなガンダムと彼女を見ていて悪い気はしなかった。ふと、ガラス越しにドアが開くのが分かって、刹那は視線を上げる。足を踏み入れたのは、マイスターの中での年長者である腕のいい狙撃手だった。また見てるのか、と少々呆れ気味に笑って、彼は言う。隣に立ったその男が窓の向こうを覗いて小さく声を上げたが、刹那は何も言わずに視線を戻した。

「あれ、じゃねえか」
「ああ」
「何、してるんだあいつ?」
「...さあな」
「いいのか」
「何がだ」
をあんなにエクシアに近づけて」
「...」

ああ、と言い掛けて、刹那は思わずその言葉を呑む。そうだ。なぜ、自分は彼女がエクシアに近付くことを許しているのだ。眉を顰めたまま、少々の動揺と共に視線を窓の向こうから隣に立つ男へと移すと、彼はそうなることを予測していたかのように小さく笑った。そうしてもう一度、彼は視線をエクシアへと向ける。いいや、彼が見ているのは、エクシアではなく、だ。刹那は非常に混乱していた。本当は、エクシアの整備だって、出来ることなら自分の手でやりたいくらいなのに、どうして自分は整備士でも何でもない彼女を不必要にエクシアに近付けているのか。わからない。しかし、だからといって離れろと彼女に声を張り上げる気にも、ならない。

「どういう意味だ、ロックオン・ストラトス」
「普段は他人がガンダムに触れるのをやたらに嫌がるのに、珍しいなと思ってね」
「...あいつには敵意はない」
「それだけが理由か?」
「そうだ」

はっきりと断言して、刹那は視線を落とす。視線の先で軽やかに笑うが、強く記憶に焼きついた。どくん、と心臓が鳴って、何だか息がしづらい。ロックオンの言葉を、胸中で繰り返して自問する。本当に、それだけが理由なのか。本当に。二度それを繰り返して、しかし、とうとう刹那は自身に言い聞かせることを諦めた。違う。敵意があろうと、なかろうと、それは自分には関係のないことだ。いつだって、誰かにガンダムを触られるのは嫌だったはずだ。無意識に、小さく溜息が出た。エクシア、一体これは、何なんだ。そう尋ねて、刹那は思わず苦い顔をする。いくら真剣に問いかけたって、もちろん答えは返ってこない。馬鹿だなと思ったが、しかし、エクシアの代わりに、ロックオンの声が刹那の聴覚を刺激した。

「差し詰め、人間版エクシアってとこだな」
「...は?」
だよ」

本当に、この男の発言は一々謎めき過ぎていて、理解に苦しむ。出来うるならばこんなに疲れる会話など、したくはない、と刹那は少し苛立った様子でロックオンを睨んだ。エクシアを人間と一緒にするなど、何と馬鹿げた思考だろう。もはや、これはガンダムに対する侮辱だ。しかし、睨んだ先の彼はまたあの笑みを口元に浮かべているだけで、刹那の視線など痛くも痒くもないようだった。その様子に再び刹那は苛立ちを覚えたけれども、それよりも早く、ロックオンがまた音を紡ぐ。静かな待機室にその音は酷く響いて、そうして刹那は二度と忘れえぬほどの衝撃を受けた。どくどくと心拍数が上がる。おかしい。なぜ、こんなにも動揺するのだ。なぜ、すぐに否定が出来ない?

「好きなんだろ?」

好き。一度そう呟くと、刹那は再び顔を顰めた。咄嗟に言葉は出てこなかったが、それは、ロックオンの言葉が全く想定していなかったものであったからに過ぎない。そう言い訳をして、じっと刹那は自分の足元を見つめる。今まで、人を好きになったことなど、もちろん一度もなかったし、何より、その必要もなかった。そしてそれは、今も、今までも、これからも、ずっと変わらない。必要なのは、戦いと、ガンダムと、それに乗る己だけ。それだけで、十分なのだ。ロックオンが様子を窺っていることに知らない振りをして、刹那はエクシアの上に寝転んで話しているを見た。これで、彼女を視界に入れるのは四度目だ。しかし、何度見ても、やはり声を張り上げる気にはならない。高鳴る鼓動も、治まらない。やめてくれ。面倒は、嫌いなんだ。刹那は心底そう思ったが、同時に、或いはこれを認めてしまったら、楽になれるのかもしれないとも期待した。ロックオンの笑い声が耳に響く。ああ、まったく、嫌になる。こんな世界など、とっとと変えてしまおう。

「おい、どうなんだ?」
「ガンダムは好きだ」
「ばか、違うだろうが」
「なにが」
「誤魔化すなよ、のこと、好きなんだろう」
「しつこい」










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