見知った少年が見知らぬ少女とキスをしている映像に、わたしは文字通り凍り付いた。もちろん、彼はすぐに跳ね除けていたけれども、それでもどくどくと心臓がわたしを焦らせる。一体いま、何が、起きたのか、いまいち良く判らなくてきょとんとしていたら、その疑問はすぐにラッセが解決してくれた。出来れば、聞きたくない答えでは、あったのだが、それが事実ならば仕方ない。

「あーあー浮気されちまったなあ、
「ラッセ!!」
「き、キス...してた、よね」
「お、落ち着いて、ね?
「キス、してたよね」

思い出すように繰り返して、クリスの慰めもよそにわたしは力なく正面シート、いつもならばスメラギさんが座る席の背に凭れ掛かった。なんだかもやもやして、居心地が悪い。あまり人を近付けたりしない刹那が、不意打ちとはいえ、キスされてしまうなんて。それに、わたしが実はこんなに心の狭い女だったなんて。ショックが強すぎる。わたしはどんどん沈んでいく気分に泣きたくなったけれども、しかしそれと同じくらいの嫉妬心がその涙を抑え込んで結局泣けなかった。刹那がキスを許してくれるのは、わたしだけだと思っていたのに。だいたい、いくら、刹那の、そしてエクシアの危機を救ってくれた恩人とはいえ、わざわざ唇にキスをすることはないじゃないか。そうだ。せめて頬にして頂きたかった。そんなことを一人で悶々と考えたのち、とりあえず動く気力を取り戻したわたしは、話し合いが終わったこともあってすぐにブリッジを飛び出した。先程の映像を思い出すと、ずきずきと胸が痛む。刹那のばかやろう。

「刹那!」
「なん...」

廊下で刹那を捕まえて、わたしは振り返った彼の唇をすぐに塞いだ。辺りに人はいなかったが、恐らく人がいてもわたしは同じようにしたと思う。驚いた刹那は一瞬硬直したのち身を捩ったけれど、もちろん彼が多少抵抗するのは分かっていたので、強く抱きついて離されないようにする。そのまま、一番近いドアを開けてそこへ滑り込むと同時に、わたしはまだ抵抗する刹那の片手を捕まえて、そっと繋いだ。パイロットスーツ越しに伝わる微かな、けれども確かな、刹那の体温が愛おしい。愛しさに胸が詰まって空いた手で彼をぎゅうと強く抱き締めると、刹那は観念したのか続けていた抵抗をやめて、じっとわたしのキスを受け止め始めた。何度も何度も繰り返すその単純な行為が、どんどん2人の息を上げていく。刹那が漏らす息、彼の体温、鼻先を擽る優しい匂い、そして、ひいては、この部屋の沈黙さえもが、今はわたしを熱くした。触れるだけのキスを重ねる度に、どんどん世界が見えなくなっていく。もっと、こうしていたい。そう思ったけれど、刹那がふと苦しそうに呻いたので仕方なく、わたしは彼の唇を解放した。そうして、ひとつ息をついて出会った彼の赤い双眸が酷く鋭いことに、苦笑する。知っている。こんな風に彼がわたしを睨む時は、大抵わたしが彼の気に障る何かをした時だ。今に、彼はわたしのことをフルネームで呼んで、静かに怒り始めるに違いない。そう確信したわたしは、誰にも気付かれないうちに一大決心をすることにした。息を吸って、恐らくはわたしの名前をフルネームで呼び掛けた刹那の唇を、もう一度塞ぐ。すると、彼は今度は容赦なくわたしを押し退けて、さらに、有ろう事かその手の甲で唇を拭った。なんて、ショッキングな、映像なんだ!驚愕して何にも考えられないわたしが瞬時に思いついたのは、そんなばかみたいなことひとつで、今度こそわたしは泣きたくなった。正直、今の光景に比べたら、先程のキスシーンなど霞んで記憶の彼方に消え去りかねない。ついでに彼は何かを言ってもいたようだったが、そんな言葉など、もはやショックで凍りついたわたしには聞こえてすらいなかった。何と言われたのか気にはなるけれど、どうせ罵声かなんかでわたしにとってはろくでもないことだろうから、この際それはどうでもいい。そんなことよりも、切実に、お願いしたいことがある。誰かわたしに、数秒前のばかな自分を殴る方法を教えて頂けないだろうか。













(一週間でいいんだ...)
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