どこか静かなところに行きたくて、ブリーフィングルームに向かったは、誰もいないその部屋でじっと窓の外を見つめていた。底の見えない闇は、どうやら今日も気の遠くなるほど遥か果てまで延々と広がっているらしい。どこを見渡しても、面白いくらい、面白いものは何もない。そっと視線を外して、頭を窓に預ける。すぐ傍にあるその巨大な闇が今にも溢れだして津波のように押し寄せてきたらどうしようかと、いつも闇を見つめながらは思った。ここは、柔らかな花の匂いを乗せた風も、惑星を照らし出す力強い光も、それに優しく目を細める人間もいない世界。当たり前にあるものが何一つ、それこそプランクトン一匹さえ、存在しない広大な海なのだ。大気圏の下がどこも赤や緑や金や銀色で彩られ、カップルとイルミネーションとケーキで満ちていても、この宇宙では、それは関係ない。ふと、ドアが開いては顔をあげる。そこに見えた存在には少々驚いたけれど、しかしすぐに、ゆっくりと微笑んだ。そして胸中で、呟く。まるでメロドラマのワンシーンのように完璧なタイミングで、先ほど喧嘩別れをした恋人がいるこの場所へ、一体彼は何をしにきたのか。

「ここにいたのか」
「解ってて来たんでしょう」

視線もろくに合わせず無愛想に言うを、刹那はその綺麗な赤い二つの目をきつくして、睨んだ。しかし二秒の沈黙が過ぎると、彼はすらりとした両の足で窓際に寄り添って、そうして何も言わないまま再びを見つめる。しまった、とは思った。沈黙は良く仕事をする彼の愛人だ。責められたとき、怒られたとき、泣かれたとき、喧嘩をしたとき。彼はその愛人に任せて、いつも不利な状況を有利な方向へと持ち込んできた。それを思い出して、咄嗟には視線を刹那へと向ける。遅かったか、と思ったけれど、そんなことはなかったようで、刹那はとても素直な目で相変わらずを見詰めているだけだった。は少しばかり苛立っていた気持ちも忘れて思わず溜息を漏らす。ひとつ、気が付いたことがある。それは、彼の両目に映る、わたしが、きっと世界中で一番幸せな女の子だろうということ。

「なにしに、きたの」

「なに?」
「まだ、地上に降りたいか」
「...わかったわよ、...居もしない神様の、誕生日なんて祝わないわ」
「俺は、降りたいのか、降りたくないのかと訊いている」
「そりゃ......降りたい、けど」
「なら、来い。ダブルオーに乗せてやる」

しばらくの沈黙のあと、とても静かに告げられた刹那の言葉は、の心臓を一瞬止めるには十分すぎるものであった。突然訪れた衝撃に、心臓が早鐘のように鳴っている。は驚きに言葉を失ったまま、刹那を見上げた。彼は、わたしを地上に連れて行ってくれるのだという。しかし、地上に降りるためには、まず戦術予報士のスメラギさんの許可が必要だ。わたしがいくら頼み込んでも、ごめんなさいね、と申し訳なさそうにしか笑ってくれなかったのに、そんな彼女を頷かせるなんて一体刹那はそのためにどれほどの苦労をしたことだろう。たかが、恋人と一緒に地上でクリスマスを過ごすことに憧れたわたしの、わがまま一つ。いつものように無視をしたって、わがままだと怒ったって、天罰など下らない。それどころか、わたしに嫌われることすらありはしないのに、そうと知っていながら、彼はいらぬ苦労をしてまでわたしの希望を叶えてくれた。こんなことは、この先何度クリスマスが来ようとも、もう二度とないかもしれない。しかし、それでもいい、とは思った。理由は何であれ、こんな時間が一度でも与えられるのなら、今日一日くらい、世間が言うところの神様とやらに精一杯の感謝を捧げる価値は十分にある。

「ねえ、刹那」
「なんだ」
「ありがとう」
「.....気にするな」










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