九条院家の広大な屋敷のサロン。そこには柔らかな日差しが差し込み、どこかで奏でられているゆったりとした音楽がカーテンの合間を縫って流れ込んでいる。春の花が香る、水曜の昼下がり。いつものように正面玄関に黒い送迎用の車が一台滑り込んで、一人の執事が少女の手を引いて屋敷へと帰宅してくる。玄関の扉を開けてすぐに、二人はふっと足を止めた。いつもは静かな屋敷だが、今日は何だか、騒がしい声がする。

「だーかーらッ!」
、煩いよ」
「知るか!ばか!晶なんてきらい!」
「...ふうん?」

声はサロンから響いていた。そうっと、少女は興味本位で近づいたサロンの手前で、一歩後ろに立つ執事を見上げる。すると、まだ若い執事は困ったように笑って階段を上るように促した。

「一度、お部屋にお戻りになった方がよろしいかもしれませんね」
「うん、そうだね...でも、あの...大丈夫なの?」
「ご安心を、山科様と様のああした会話は、」

何も今日が初めてではございませんので。そう言って執事はもう一度微笑んで、少女もそれに促されるように階段を上る。否、正しくは、上ろうとした。というのも、少女が階段に足をかけたのと同時にサロンの扉が開けられて、結局少女は再び立ち止まって振り返ってしまったのだ。視線の先には、如何にも上品そうな顔立ちをした女性が立っている。さん、と思わず少女は呟いた。一方の令嬢は思わぬ人物の発見に、きょとんとしている。

「あれ...中岡に、慎一郎の義妹さん」
「こんにちは」
「...ごきげんよう!」
「何優雅に挨拶してるの、、もうフォローは手遅れだよ」

が微かに腰を屈めて柔らかな笑みで挨拶をすると、その背後で呆れたように晶が眉根を寄せた。開け放たれたサロンの窓から流れる風が心地よくそれぞれの髪を揺らしていく。

「そんなことないわよ」
「馬鹿だね、あんな大声、聞こえるに決まってるだろ」
「........なによう」
「そうやってすぐ僕に甘えない」
「はいはい、わかったわよ...じゃあねみなさん、わたしはこの辺で失礼しますから」

軽く微笑んで、少女と執事が上り掛けた階段とは逆の一本へと向かう。最初の一段に足を掛ける直前、ふと、は再び晶に視線をやった。特に確信があったわけではなかったが、しかし思った通りに、の視線は晶の視線とかち合う。何とも言えない、愛しい感覚に胸が詰まる。一度優しく微笑むと、晶はそっと、の傍に歩み寄ってその耳元に唇を寄せた。


「なに?」
「あとで部屋に行くから、そのつもりでいて」








冗談めいた世界にも恋人たちはいる




(素直じゃない人間の片割れは強引)
021909