「そりゃあ、年頃なんだし、社会人なんだし、飯くらい誘われもするだろ」
「週に3度もか?多すぎだろ」
「モテるってことじゃねえか」
「おいそういうの検索するのは止めとけバトー」

男が3人、バーカウンターで酒を囲んでああでもないこうでもないと話しているのはもう夜も更ける頃。端に座る短髪の男が苛立った様子で酒を煽って空のグラスをカウンターの奥へ押しやる。

「チッ 洒落た店で......あン?」
「帰ったら会えるんだろ?何をそんな あっオイ」
「あいつここんとこご無沙汰だから苛立ってやがんのさ」
「思春期かよ」
《うるせえぞ!》

電子戦が得意と言うだけあって情報に対するバトーの能力の高さは他の追随を許さないが、それによって拾わなくてもいいものまで拾うことがあるのは確かだった。イシカワは一つ空気が抜けたように溜息をついて酒を煽る。

「バトーの野郎の何が良いのかねえ...」
「さあ 周囲にいないタイプだろうし新鮮なんじゃねえの でも...意外とマメなんだよなあの人」
「......」

とても美味しい食事と酒で胃袋を満たして談笑しながら、は内心酷く困惑していた。目の前に座る先輩の雰囲気がいつもと違う。何とは言えないが、自分を見る目や話し方。アルコールのせいかもしれない。欲情したバトーに見られている時に似ている、と思ったが、先輩と目が合ってすぐにはその見解を撤回した。バトーはどんなに欲情したってこんな風に品定めするような、獲物をみるような目でわたしを見ない。普段の人柄で先輩もそうだと思っていたが、知らない一面などきっと腐るほどあるだろうと思うと否定しきれなかった。もちろんバトーについても同じことが言えるはずだが、希望的観測なのかバトーに対してそういった疑念を抱いたことがない。何にせよ、バトー以外の男の視線を意識したのはとても久しぶりな気がした。

「先輩だいぶ酔ってない?そろそろ帰った方が」
、上で少し休憩しないか」
「上」

でた、と思わず反射的に言いそうになる衝動を押さえて、辛うじて言葉を反芻する。絡む視線と掴まれる腕を何とかほどこうとするが、目の前の男は義体化していて到底力では敵いそうもない。そうこうしてちょっと待ってと言う合間にレストランを出、半ば抱えられるようにエレベーターに乗り、妙に作り物のようにこじんまりとした印象を与えるホテルの廊下を渡る。微かな音も丁寧に拾って反響する廊下を進みながら、は自分を掴んで放すことのない腕に恐怖心が募った。義体というものはこんなに違和感のあるものだっただろうか。バトーの体はもっと、

「あ」

それは鳥が飛び立つより唐突で、捕食者が獲物を仕留めるより一瞬のこと。等間隔で佇む何の面白味もない扉の一つを開けて、そうして男は何の前触れもなく糸の切れた操り人形のように床へと崩れ落ちた。

「これはもう浮気じゃないですかねえ」

あまりに突然の人の声に、僅かにの肩が揺れる。誰も居なかったはずの廊下。後ろを振り返ると、見慣れた大きな体が一つ、不満げな顔をして佇んでいた。

「なんでここに」
「見えちまったからだよ」
「何が」
「こいつのウイルス感染とお前の不用心なツラ」

酷く不機嫌な声音だった。しかしバトーはきっとその理由を語らないし、この態度を引きずったりもしないだろう。自分の時間をどう使うかやどう行動するかは、自ら危険を冒さない限りは自由だと思っているだろうし、それに自分がどんな感情を抱くかは自分の自由で他人に属するものではないと、そう思っているんだろう。はいつもバトーの感情を目の当たりにしながら勝手にそう思っていた。それにしても、ウイルス感染とは、道理で様子がおかしかったわけだ。

「おい、行くぞ」
「え?」
「上に部屋取ったんだ」
「...」
「なんだ、そいつと一緒にこのチープな部屋が良かったか?」
「そんなこと」

言ってないわ、はそう言って歩き出したバトーの後を追った。酒に酔っているからか、久々に話したからか、妙にどきどきする。エレベーターに先に乗ったバトーの横に立って、がそろりとバトーの指先に触れると、バトーは視線を落としてを見、吹き出すように笑った。その声でバカにされていると気付いて一瞬苛立ったものの、バトーの手がしっかりとの手を握ったので、結局は嬉しさやら恥ずかしさやらでバトーに文句の一つも垂れることができなかった。エレベーターのベルが鳴る。扉が開いて、バトーが一歩先に出る。手を引かれる形で二つしかない部屋の片方へ入ると、そこは先ほどの部屋と同じホテルとは思えない豪奢な空間だった。が思わずバトーを見遣ると、視線に気付いたバトーは肩を竦めて手身近なソファへどかりと腰を下ろす。シャンパンでも頼んで飲み直すか、と尋ねたバトーの声に反応もせず、部屋を探索するにバトーは口角を上げてひとつ溜息をついた。女ってこうだよな、と胸中で呟きながら、立ち上がっての後を追う。バスルームでバトーと出くわしたは、窓枠に縁取られた夜景を背に薄っすらと笑んで、素敵、と言った。

「俺のこと?」
「うん」
「.....、浮気してたじゃねえか」
「してないったら」
「俺が来なかったらお前はあいつ相手に為す術もなくレイプされてたぜ」
「そうね」
「そうねってお前」

はおもむろに着ていたワンピースの背中に手を伸ばし、ジッパーを下げる。しゅる、と軽やかで冷たい音を立てて、ワンピースがの足元に落ちると、は露わになった自身の腕を僅かに前に出して視線を落とした。思った通り、二の腕には赤というより殆ど青紫色の痣が出来上がっている。折れていなくて良かったと思うべきか、と思うのと同時に、バトーの機嫌の悪さがの肌を刺した。

「加減を知らねえのかあのクソ野郎」
「ウイルスなら仕方ないわ でも義体がこわいと思ったのははじめてよ」
「...」
「それよりバトー、一緒にお風呂入らない?」
「酒が回るぞ」
「好都合でしょ?」

呆気に取られるバトーにそう言って笑うと、は下着を脱ぎ捨ててシャワールームへと入っていった。シャワーの温度を調整して、熱い湯を頭から被って、大きく息を吐く。大変な一夜だった。そういえば先輩はワクチンを流して貰えたんだろうか。それに、今晩の記憶はあるんだろうか。あるとすれば来週からどうやって接するべきか。

「ねえバトー、ウイルス感染した人って」

シャワールームに入って来たバトーに振り返ったの唇を塞いで、バトーは彼女の言葉を奪う。何度も深く口付けを繰り返す度、酷く扇情的な声が生まれてはシャワーの音に混じって消える。濡れた髪も、浅く速い呼吸に合わせて上下する肌も、欲情した双眸も、果ては下に捨て置いた男の心配をすることまで、バトーの欲情に火を付けた。後ろを向かせて、背中に唇を落としながら無遠慮なまでに思い切り乳房を掴む。びくりとの体が揺れる。両の乳房を揉みしだきながらバトーがの尻に自身のそれを押し付けると、壁に手をついたまま何とも言えない表情でがバトーを見遣って、僅かに尻を突き出した。もはやに後ろから覆い被さるような状態で背中にシャワーの湯を浴びながら、バトーはの耳元に唇を寄せて小さく笑う。

「ウイルス感染した奴が、なんだって?」
「...意地が悪いわ」
「気になるじゃねえか」
「彼、あなたより気持ちいいのかしら」
「仕返しのつもりか?あのウイルスはな、女を抱いたことねえ奴しかかからねえの」
「え」
「つまりあいつは避妊もちゃんとできねえような童貞君ってこと」
「前半はどうか分からないじゃない...にしても益々どういう顔して会えば...、あっ...あ!」
「何にせよ、ここには俺しか入らねえんだから気にすんな...」
「あ...っ、や、バトー、」
「ん?あ、おい、ちょっ」

殺しきれない声が浴室に響いて、バトーの体が微かに震える。酷く熱を持って、強く自身を締め付けながら種の排出を促すの腹を一度撫でると、もう一度その体が大きく跳ねてバトーを煽った。シャワーを止めて、の腕を引いて抱き上げる。向かい合う形でバトーがもう一度自身のそれを挿入すると、背中に回されたの手がぎゅうとバトーを抱き寄せた。深々と繋がった合間から、先ほど注がれた白濁した雫が零れ落ちる。荒い呼吸をようやく整えながら、がバトーの首筋に顔を埋めて小さく笑う。

「バトーさんもしかして避妊もちゃんとできないの?」
「悪ぃ...」
「...冗談よ、バトー」
「...」
「かわいい」
「バカヤロウ」
「できたら産むわ」
「そん時は俺も責任取るよ」
「うん...嬉しい」

そう言ったのを最後、湯船に浸かるまで、まともな会話は浴室に生まれなかった。を抱きかかえて湯船に浸かりながら、ふうと長い息をついてバトーはの腕をやんわりと掴んで持ち上げる。うとうとと睡魔に襲われつつあったが何とか意識を持ち直して、そのうち消えると思う、と呟くと、バトーは少し険しい顔をした。

「手当てしねえと痕になるぞ」
「大丈夫よ...人体って意外と凄いところあるし」

バトーの肩へ頭を預け、心配性なんだか、独占欲が強いんだか、と小さく笑いながら、はひとつ欠伸をして湯船から立ち上がった。

「それより眠いわ、上がりましょ」
「へえへ」
「今何時?」
「4時」
「げっ 肌が荒れる...」
「俺とあんなに愛し合ったんだからツルツルピカピカじゃねーの」
「バカかよ」
「何ならベッドでもっかい」
「一般人の、それもデスクワークの女には無理よ...」
「ちぇ」
「あなたも寝ないとでしょ」
「俺はお前のそれ手当てしてから寝るよ」
「...」
「あ、今あと一回なら良いって思った?」
「...チェックアウト後にバトーのセーフハウスで寝させて」
「もちろん!」



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