「で? なんで君もここにいるんだね、
「若菜上官に命じられたからです、新城中尉」


はそ知らぬ顔で返す。その横向こうでは西田少尉と猪口曹長が興味深そうな顔をして成り行きを盗み見している。の白い息が完全に雪に吸い込まれてしまったのを見届けて、新城は苦い顔をした。いくら賊狩りとはいえ、女を戦場に連れて行くのは好きではない。ましては、新城の許婚である。新城は何としてもこんな状況を作りたくなかったのだが、さすがに嫌いな奴には慈悲も情も無い上官を持つと大変だなと改めて溜息を漏らした。

「...まあ、何です、溜息なんて」
「よしてくれ、もう、何だってんだあの男...」
「またそんなこと言って...若菜大尉だってそんなに悪いお方ではないわよ」
「確かになぜかあの御仁もお前には優しい」

おおかた大尉もおまえに気があるんだろう、そう言いたかったが、無邪気に千早に戯れるをちらと見て、しかし新城はその言葉を呑んだ。代わりに新城とは反対側に居た西田が声をかける。

「きっと大尉ものことが可愛いんでしょうね」
「あら 大尉じゃなく西田ならわたし 嬉しいわ、」
「もちろん、僕もは可愛いと思ってます」

満面に笑みを湛えて西田が無邪気に言うことは嘘ではない。は幸せそうに笑んで、そうして、反対側にいる彼の「先輩」はどう思っているのかと考えた。愛の言葉なんてひとつも聞いたことが無い。それどころか、そんな素振りさえない。

「道具かしら...」

ニー、と猫が鳴いて が振り返る。あっという間もなくべろりと顔を舐められ、急いで顔を拭いて見上げた先で、の猫が心配そうに見つめていた。泣いてはいけない。泣くには雪と風が少々酷すぎる。がニー、と鳴く猫に観念したように笑うと、その横に居た新城が励ますようにばしりとの背を叩いた。

「自分の猫をあまり心配させるな、」
「...そうね、」
「それから」
「なに?」

ちらりと新城がその視線を聞き返してくるの向こう、西田へ向けると、それに敏く気が付いた西田もと同様に「何か?」と首をかしげた。

「いくら西田が相手でも 僕は浮気は許さないぞ」
「...先輩!?」
「まあ西田が相手というのは冗談だが」

新城の言葉に驚いて一言も声を発せられないまま、は涙腺の弱い自分に途方にくれた。どんなに悲しかろうが 原則として戦場では泣いてはいけない。そしてそれはどんなに嬉しかろうとも同じなのである。ニー、とまた猫が鳴く。は軍帽を深くかぶって、恐らくの隣で不敵な笑みを浮かべているだろう男を愛しく思った。


「承知しております 新城中尉」
「よろしい、ならば君は僕について来い」









きみの粉砕したダイヤモンド








062407
(まさか敵に死を宣告する口で愛は叫べまい)