「ねぇ、あなた朔間先輩のこと避けてるわよね」

それは夢ノ咲学院に新設されたプロデュース科に編入してしばらく経った頃だった。学校にも慣れ始めて、同じタイミングで編入して来た転校生とも協力しあいながら学業や様々なプロデュース業に励むわたしの様子を聞きながら仲良くお昼ご飯を食べていた鳴上嵐が、その綺麗な双眸でまっすぐにわたしを見つめている。長い睫毛が美しく頬に影を落とす様子を眺めて、わたしはスプーンで掬った二口目のオムライスを口に運んだ。ゆっくりと咀嚼しながら、どう返すべきかを考える。鳴上嵐はこの学校で、わたしと最も仲の良いクラスメイトの一人だった。元々近しい感性の持ち主であったようだが、曲者揃いの学院でこうして早くから打ち解けられる相手ができたことは、わたしにとってとても幸運だった。

「朔間兄弟とはここに来る前からの顔見知りでしょう?」

嵐はそう言って、僅かに眉尻を下げた。テーブルの上に乗ったサンドイッチに手を伸ばしながら、一言も発しないわたしを心底心配そうに見詰める嵐は、何かされたのなら相談に乗る、と言いたいようだった。女子特有の他意や企みのないシンプルな感情が素直にありがたくて、わたしは意を決して口の中のオムライスを飲み込む。テラス席に風が吹き込んで、梢が落とす影が波のようにゆらりゆらりと揺れた。

「付き合ってた」
「...」
「...いや、付き合って...る、かもしれない。ちゃんと終わってない」

わからない。わたしは小さく肩を竦めて、オムライスに視線を落とす。零と恋人らしく仲睦まじかったのは、彼がこの学院で五奇人と謳われながら生徒会長を務めていた頃の話だ。その後、彼が何も言わず留学に行ってしまって、関係は一気に拗れた。冷めたなら単純で良かったのに、突然のことに混乱して気持ちに整理をつけるのが難しかった上に、1年では上手く忘れることもできなかった。そうして帰ってきた当の本人は、まるで人が変わったかのように丸くなって、相も変わらずわたしを好きだと言っていた。それを思い出すだけで、悔しい気持ちと、恋しい気持ちがわたしの心の中をぐしゃぐしゃにする。

、あなた何て顔してるのよォ」
「だって嵐の前だからァ~」
「あらヤダ嬉しい」

ぐしゃぐしゃになった心のままにオムライスをスプーンで抉って、口に運ぶ。嵐はようやく食べ始めたサンドイッチを手に持ったまま、そうねえ、と僅かに首を傾げながらわたしの様子を眺めている。ざあ、と香り豊かな春の風が頬を撫ぜる。あの日以来、陽射しの下は、わたしにとって最も安心できる場所のひとつになっていた。

、それは恋する乙女の顔、だとアタシは思うけど」
「ちゃんと終わってないからよ」
「それは答えになってないわ」
「他の人と付き合ったし」
「それも答えになってないわよ」

嵐はそう言って呆れたようにサンドイッチを頬張った。隣の席の生徒が食事を終えて席を立つ。まだまだ校内で女子生徒を見かけるのが珍しいようで、どこか色めきだった好奇の視線が注がれる。思わずその視線を拾って目を向けると、一瞬の緊張が弾けて彼らは去って行った。最初のうちは肩身が狭いと思っていた場所だが、慣れてしまえば面白さもある。満足気にオムライスを掬うわたしを再び呆れた瞳で眺めながら、遊ぶんじゃありません、と嵐が言う。

「嵐くん、男に守られて囲われるような女はここには来ませんよ」
「それと女らしさは別物でしょォ」

品位を語り始めた嵐を止めることは難しい。わたしは適当に相槌を打ちながら、冷めかけたオムライスをスプーンで掬って口に運ぶ作業を繰り返す。わたしよりも随分と食べ始めがゆっくりだったはずなのに、気付けば目の前の嵐のサンドイッチはもう彼の手に残った一欠片だけになっていた。改めて嵐も男性なのだなあと思っていると、彼が、男に守られたい乙女心だってあるでしょう、と言うので、わたしは嵐になら守られてもいい、と言いながら心に浮かんだ人間に知らないふりをした。嵐は、何かあったら守ってあげるわよ、と言って少しだけ困ったように笑った。





シュガーゴースト


070218