弥子はどう切り出すものか、正直とんでもなく悩んでいた。先日取材に来た記者が、偶然事務所にいたの存在に目をつけ、にインタビュー取材の依頼に来たことは、まだ弥子としか知らない事実であったのだ。は弥子と従姉妹の大学生で、よくこの事務所にも顔を出している。何ヵ月か前からは、魔人の恋人という奇怪な肩書きをも手にした世にも珍しい人間である。そんなは特に目を惹くほど美人という訳ではないけれど、しかし、見るものに強い印象を与える何かは持ち合わせているように思えたので、きっとそれが今回の面倒を引き起こしたのだと、弥子はそう思うことにした。は面白そうね!と笑ってこの話を快諾するつもりらしいが、だからと言ってこのままどうぞと承諾させたら、目の前の魔人に何をされるかわかったものではない。そういうわけで、弥子はこの話をどう魔人に切り出すか、とんでもなく悩んでいた。しかし、呆気なくもそれはの声によって綺麗に無駄な心労へと切り替わる。

「ネウロ」

なんて自然な音かと弥子は僅かながら驚きを表情に浮かべる。何度も呼んできた人間にしか出せないその音は、確かに、青いスーツを着た男の名前だが、しかし同時に、そして確実に、それは彼を呼ぶ女のものであった。

「何だ」
「雑誌の取材、やってもいい?」
「弥子か?」
「いや、私のじゃないよ」

が作って持ってきたアップルパイを頬張りながら、首を横に振る。ぴくり、とネウロの眉が小さく動いたのを、何か恐ろしい気持ちで弥子は見詰めた。がこんな男と想い合うようになるだなんて、ネウロの言う通り本当にこの世は謎だらけだ。弥子は未だにがこのドS魔人のどこにどう惹かれたのか、理解できない。

「却下だ」
「...ネウロ、まだ話は終わってないけど」
「お前たち下等生物の話など、聞かずとも分かる」
「取材やらせてよ」
「なぜ」
「楽しそうだから!それに、事務所の宣伝にもなるでしょ?」

ゆっくりとは微笑う。綺麗な笑顔だと思うが、これはが譲らないときに浮かべるものだと、と付き合いの長い弥子は知っている。しかし、果たして恋人歴数ヶ月の魔人が知っているかどうかは疑問だ。

「お前は事務所に直接関係のない人間。その行為は不要だ」
「譲らないよ」
「知っている」

知ってたのかよ!悔しいような、残念なような気持ちに思わず弥子がパイを食べる手を止めると、ちらりとネウロがこちらに視線を寄越す。フォークを持つ手のひらに汗が浮いたが、しかしその視線はすぐに興味を失って逸らされた。

「では聞くが、よ」

ネウロがを呼ぶ声は、夜が鳴らす梢の音に似ている。或いは、深い森の中の人知れぬ沼を泳ぐ魚の音。太陽と間違えて月の下で咲いて揺れる白い花の音。

「お前は万人の興味の視線と我が輩、どちらを取るのだ?」

目の前で突如飛び出した極端な問いに、驚き呆れて弥子は顔をあげる。視界の隅では、あかねちゃんが驚いているのも確認できたが、しかし弥子のすぐ隣に座るからはその反応は見られなかった。その代わりに、は一度小さく瞬きをしただけ。ネウロの緑の双眸は相変わらず強い。そうして弥子は、ネウロのその目に既視感を覚えて小さく笑った。やっぱり、この2人は何だかんだで良いペアだ。

「それはずるすぎでしょ..........その答え、言わなくちゃ、ダメなの?」
「お前の答えなど聞くに値しないな、そもそもこの問いかけ自体がお前の脳みそに合わせた愚問なのだ」
「...あたしの答えは、とっくにあなたの舌の上ってわけね」
「そういうことだな」










 せ
   な
不  

  自










090108