「ねえ、拓麻」
「なあに」

眠い目でゆるりと二回瞬きをする。背後から聞こえてきたその柔らかで優しい声は、美しかったが、しかし同時にその意識が全てに注がれているわけではないことを明らかにさせるものであった。外がよくきらきらと輝きだすと、小鳥が窓のすぐ傍まで来て小さく鳴く。ベッドの上で布団の中に潜り込んだまま、はわざと沈黙した。ぱら、と軽やかに、薄い紙が擦れる音が二度生まれて、その間にも鳥が鳴く。風が鳴る。

「...なあに?

低い、カステラのように柔らかで甘い声がもう一度同じような音を紡ぐと、はベッドの中で拓麻に背を向けたまま、諦めたように唇を開いた。背後で寝転がりながら漫画を読む男の意識が完全にこちらに向いてから言おうと思っていたが、仕方がない。

「もし、あたしが人間だったら」

ふっと背後から向けられる意識が強まる。拓麻は何を言うでもなく、静かに呼吸をするだけで、の言葉の続きを待った。尤も、なんと言うつもりなのかは概ね察しがついている。

「あたしのこと、好きになってた?」
「...それは、どういう意味?」
「そのまんまよ」
「人間のに出会った事が」
「ないからわからないなんて言わないでね」

鋭く切り返されて、拓麻は仕方なく読みかけていた漫画本を閉じて隅へと追いやった。こちらに背を向けてベッドに横たわっているの体にそっと手を伸ばす。自分の体を寄り添わせるようにして近付いて肩口に唇を寄せると、ぴくりとその柔らかな肢体が過敏に反応した。

「拓」
「好きに、なってたよ」
「...歯、立てない、で」

肩に添えられていた唇が慣れた様子で首筋に落ちる。何度も音を立ててキスをして、何度も牙を剥いてからかった。息を詰めて堪えるが愛しくて、拓麻は優しくその髪をすいてやる。

「それで、僕はね」

そっと首筋にまたひとつ口付ける。

「拓麻」

状況を察したが呼ぶ声にさえ答えずに、拓麻は僅かに口を開けて綺麗に煌めく二つの牙を朝日に晒した。

「こうやって、人間のきみを、ヴァンパイアにしたと思う」
「っ、あ、あ...」

柔らかな肌にぶつりと容赦なく牙を立てて、そっと沈める。拓麻は途端にこぼれ落ちる滴を逃さないよう器用に喉に流し込んだ。に支障が出ない程度に摂取して、鋭い牙から肌を解放してやる。そうしてそこへ何度も口づけを落として、自分の愛を詰め込んだ。の唇の隙間から漏れた、甘露飴みたいに甘い声と、小さく跳ねた肢体を思い出して、満足そうに拓麻は笑う。

「ねえ、もしかして誘ってる?」
「...誘ってない」
「嘘つき」
「嘘じゃない」
「...おいで、

仕方がない、と押し問答を切り上げて、拓麻はそっと寄り添わせるようにしていた体をベッドの上に横たえた。が両手で体を支えながらゆっくりと身を起こして、ちらりと拓麻を見る。朝日がカーテンの隙間から入って酷く眩しかった。背を屈めて、はこちらを優しい目で見つめていた男の唇にキスをする。何度も啄むように、呼吸が入り交じるほど深く浅く繰り返す。何だか少し鉄の味がした。ぞくりと背筋が粟立つような感覚。

「気になってるのはこっちじゃないくせにね、素直じゃないんだから」
「うるさいな、もう、」

「黙って」
「っ...」

がぶりと遠慮などなくの牙が拓麻の首筋に埋まる。拓麻ほど器用でも丁寧でもないその行為は、しかし朝日に暖められてとても綺麗な絵画のようだった。ああ、と思ったのは、噛み付かれた男なのか、噛み付いた女なのか。ぽたり、と赤い愛がシーツに零れる音がした。












 て


 

102608











(惚れたら最後、惚れなかった場合のことは二度と考えられない)