信じられない、とは思った。酷い関節痛に、頭痛、悪寒、倦怠感、吐き気に高熱。ぐわんぐわんと頭が揺れている気さえする。薬を飲んだって、すぐに効くわけでもないし、苦しさが劇的に和らぐわけでもない。仕様がないからと寝てみたところで、すぐに目を醒ます始末。どうにもならないなと思ってが、はあ、と息を吐くと、玄関が開く音がした。どかどかと足音が階段を上がり、廊下を進んで、一瞬止まる。扉が開いて、そして閉まる。再び足音が聞こえて、辺りを嗅ぎ慣れた煙草の匂いが包んだ。

「具合はどうだ」

その声に交じり、ぎし、とベッドが軋む。「スモーカー」とが掠れた声で男の名前を呼びながら、咳き込む。その様子を見たスモーカーは不意に、「ちょっと待ってろ」と言って再び立ち上がると、寝室の入口から一番近い家具の上に置かれた灰皿に銜えていた葉巻を押し込んだ。そうしてのもとに戻ってベッドに腰掛ける。幾度も咳き込むの様子を見ながら、サイドテーブルの上に置かれた薬が開けられていることを確認して、スモーカーはの背をさすった。窓から差し込む夕陽がの睫毛を照らす。はあ、と息をついて、は背をさするスモーカーを見上げる。「ありがとう」と言って、スモーカーの腕に触れると、スモーカーはの頬を撫でてその手を額に宛がった。

「熱いな」
「だるい」
「...薬は飲んだな?」
「うん」
「じゃあ、寝てろ」

緩くの頭を撫でてスモーカーは立ち上がり、「下で仕事してる。何かあったら呼べ」と付け加えて、寝室を後にする。ばたん、と扉が閉まって、再びの静寂がを包む。残ったスモーカーの熱が頬や頭や背中からじんわりと広がって消えていく。確かに香った紫煙も霞んで消える。夕陽に照らされた寝室で、時計の音だけを聴きながら、は眠るために目を閉じる。ぱた、と熱い雫が落ちる。「う」と少しだけ呻いて、はその雫に気付かないふりをした。人が来てしまったら、静寂が孤独を生み出してしまう。理由もなく傍に居てほしくて、際限なく甘やかしてほしくて、堪らなくなる。そんなことを思いながら、は静かにもう何度目か知れない眠りについた。




ぎい、と音がして、目を開ける。ぼうっとして熱い体から熱を追い出すように、深く息を吐く。ぼんやりとした視界にあるのは暗闇だった。微かな音を立ててサイドテーブルにコップが置かれる。「起きれるか」と低い声がした。返事の代わりに一度瞬きをして、はぐっと肘を立てて半身を起こす。そっと、それを支える手の暖かさが熱い体でもよく分かる。

「何なら食える」
「わかんない」

無造作に尋ねるスモーカーには掠れた声でそう言って、とりあえず喉の渇きを潤すために、彼が持ってきたコップを掴んで口に運ぶ。半分ほどを飲んでサイドテーブルにコップを戻すと、ぞわ、と体の中心を悪寒が走り抜けた。、とスモーカーが再び静かな声音で尋ねる。食欲があるかと言われれば、体調も良くない上に全く動いていないから、ない。けれども、この体調を早く元に戻すには、それの有無に関わらず、養分の摂取は必要だった。

「ゼリー」
「...粥くらい作らせろ」
「強引」
「うるせェ」
「...久々だわ、あなたの手料理」
「何嬉しそうにしてやがる。風邪っ引きが手間掛けさせやがって...」

スモーカーは呆れた様子でを見遣る。は噎せ込みながら大きく笑って、長いこと温めていたベッドから起き上がった。スモーカーがそれに合わせて、ベッドの傍に引き寄せた椅子から立ち上がる。が歩き出したスモーカーの腕にするりと自分の腕を回すと、スモーカーは溜息を吐きながらを見下ろした。

「寝てろ」
「お手洗い」
「じゃあこっちじゃなくてそっちだろうが」
「1階のお手洗いに行くの」
「何だそりゃァ...」






ノクス・アルブス
(022413)