生まれて初めて、ああ、自分がもしも男であったなら、と思ったのはもう随分と昔のことであった。ゆるゆると揺れる船の上で、わたしは壁に凭れかかって、すぐ目先で繰り広げられている宴を見つめる。誰かが何かを言うたびにどっと笑いが起きては、音もなく甲板の上に広がる影が楽しげに揺れる様子を、こうして見るのはこれが初めてではなかった。その様子を眺めながら幾度も幾度も、本当は泣きそうになるのを堪えて、眠そうな素振りをした。微笑ましそうな表情をした。気を使って時々やってくる仲間に嘘をついて笑った。長い間、一人で眠る部屋の中で、声を殺して泣いたのを、誰にも言えずに仕舞い込むことだけがわたしにとっての秘密であった。何と虚しいことかと思い知る度、苦しくて何もかもが嫌になったが、酷く慕っていた船長にもこれだけは言えなかった。何せ、わたしが女に生まれたのは誰のせいでもないことだということは、相談する前から疾うに分かっていた。そうして悲しいことに、強さを求められる海の上でそうやってわたしが女として男の目を惹くようになる頃には、大人になって強くなるのは男だけだということさえもが理解できてしまっていた。悔しかった。その頃、わたしが随分と女らしくなって、強くなるのは男だけだと知ってしまった頃、わたしの心を支えてくれていたのは、この船の副船長で一番隊隊長のマルコという男であった。ずっとずっと昔からわたしのお目付け役をしてくれていた彼は、必死に仕舞い込んだわたしの中の薄暗い何かに勘付いていたに違いない。そうでなければ、安易に女であることを肯定しようとして夜の街に繰り出そうとしたわたしを静かな目で引き留めたりはしなかっただろう。一度はその姿を無視して出て行ったけれども、どうしても気になって戻ってきたわたしに、男ってのはお前が思うよりもずっと怖ェ生き物だ、と彼は言った。そうして、彼はわたしの手を引いてぐいと一度だけわたしを抱きしめた。よく戻ってきたよい、と言って泣きたくなるほど安堵に満ちた笑顔でわたしを褒めた。彼の笑顔を見たら、なぜだかわたしは行かなくてよかった、とただただ馬鹿みたいにそう思った。以来わたしは一度も夜の街へは出向いていない。それは、そんな風にマルコに守られるなら、弱くても、女でもいい、と思っていたせいであったが、しかしわたしはついに昨日、マルコに抱かれて長年大事にしてきたその考えを捨てた。あの日男はわたしが思うよりもずっと怖い生き物だと自ら言って寄こしたマルコは、しかしわたしが思っていたよりずっとやさしい生き物だった。わたしを見つめる双眸も、頬を撫でる手のひらも、抱きとめる両腕も、名前を呼ぶその声も、すべてがわたしを包むように温かかった。しかし、男にからだを預けることはやはり怖かったので、きっと相手がマルコでなければ、あの時、マルコがわたしを止めてくれなければ、わたしは一生この体の中にあの薄暗い何かを抱えて生きていくことになっただろう。そう思ったら、どうしても込み上げる涙が止められなくて、わたしはマルコのからだを抱き留めながら随分と長いこと泣いていた。何度も礼を言うわたしを抱きしめながら、おれまで泣いちまいそうだよい、とマルコが言ったのを良く覚えている。女で良かったと思ったのは、その時が生まれて初めてだった。

「おーい

「...エース?」

不意に目の前の宴の輪の中から声を掛けられて意識を戻すと、輪になって飲んで騒いで踊っていた仲間たちが全員揃ってこちらを見ていた。ぎょっとして急いで、どうしたの、と問いかけると、彼は酷く楽しそうに、お前もこっちに来て飲めよ、と言う。サッチがふざけた様子で、何ならそこまで迎えに行くぜ、と言ってビスタにどつかれ、また笑いが沸き上がる。ジョズが気を利かせて、無理はしなくていいんだぞと言うと、全員が相槌を打ってにこにこしながらわたしの答えを待った。いつもなら、ここでわたしは遠慮して決してその男の輪の中に足を踏み入れたりはしなかっただろう。しかし、わたしはもう、男を羨んだり、女であることを嫌に思ったりするようなわたしではない。



「仕方がないわね、女がいないで男ばっかりじゃあむさ苦しいでしょう」



そう言ってわたしが笑いながら腰を上げると、まるで戦いに勝ったかのような歓声が辺りを呑み込んだ。持たされた酒瓶で一斉に乾杯をすると、見慣れた仲間たちの輪の中で同じように大喜びするマルコが見える。笑いが生まれる度に、甲板の上に広がる影が楽しげに揺れる。言い知れぬ感情に満たされて、わたしはその日、幾度も涙が出るまで大笑いした。









飛翔ハイウェイ








052310
(女だから強くなるわ)