A daydream and
誰かの誕生日に全員で、食堂で、たくさんの御馳走で、お祝いをする。そうすることは、必要にして必然、例えそれが白ひげ海賊団の海賊船モビー・ディック号の上でも、例外ではない。しかし、豪華な飯を食うだけでは主役が可哀想だと思っているのか、0時ちょうどに祝えるようにスタンバイをして音痴なバースデーソングを歌って当事者をぶち切れさせたり、それがまた23時58分で呆れられたり、日が沈むまでの間中、どこから持ってきたのかまるで分からない水鉄砲で影から攻撃してみたり、夕食中に主役に無駄に酒を頭から浴びせてぶち切れさせてみたり、もはやプロレスに近いじゃれ合いをして殴り合いに発展してみたり、なぜか主役を置き去りにして飯食い競争が始まったり、いきなりのど自慢が始まったり、それがいつの間にかただの自慢大会になっていたり、一体どこの文化の習わしであるのか問い質したくなるような数々のイベントも、この船では仲間が全力でサービスしてくれる。見ている限りは、少年の心とかいう小学生並みの鬱陶しいテンションと無駄に燃え上がっている悪戯心はあっても、そこに可哀想だとか思うような思いやりの気持ちは全く窺えない。そういう訳で、わたしたちが乗るモビー・ディック号の上に於いての誕生日とは、嬉しいか嬉しくないかはともかくとしても、とんでもなく忙しない、主役が残念なことになる一日のことであった。
「あら、バースデーボーイ発見」
「おまえもあいつらと手ェ組んでるとかじゃねェだろうな」
「どうかな」
わたしがそう言いながらにやにやと笑って首を傾げると、本日めでたくお誕生日席にお座りになられた一番隊隊長マルコは面倒だと言わんばかりに目を眇める。しかし一方でその歩みを止めることはなく、彼は間もなくわたしをその両腕で抱き込んだ。暗闇に包まれた甲板は、主役のいない食堂で未だ船員たちが大騒ぎしている所為で静まり返っていて、波と風の音しかしない。だいぶアルコールを呷ったのか、いつもよりも随分と高いマルコの体温に、わたしは酔ってしまいそうになる。もしも今の自分を見つめられるなら、酒の気配にではなくて、船の揺れにでもない、彼の体温に酔い痴れてしまいそうになる自分自身を見るわたしは酷く呆れた様子であっただろう。もしかしたらリア充爆発しろとか、言ってしまうかもしれない。しかしもしそうしたら爆発するのは他の誰でもなく自分自身なので、やはりそれは言わないでおいた方がよろしいに違いない。わたしは気を取り直して再びマルコに意識を向け、会話を繋ぐ。
「そんな簡単に近付いていいの?わたしが他のメンバーと何か企んでたらどうするつもり」
「こうしておまえを抱けるならそれでもいいよい」
「恥ずかしいひと」
「すきだ」
「マルコ」
「ずっと昔から」
「酔ってるの」
「」
ひと際強くマルコがわたしを抱き寄せる。それはわたしの軽薄さを窘めるかのようで、わたしは一度口を噤んで、ふたつ瞬きをした。マルコは微塵も酔ってなどいないだろう。その程度のことは、本当を言えばわたしにも一目で分かっていた。ただ、気恥かしさが、その事実を素直に受け止められない軽薄さを招いてしまったのだ。そしてそのことにも、やはりわたしは同様に気が付いていた。思えば今まで幾度もこうしてこのひとに、道を正されて歩いてきた。その度に、わたしはこうして自分を振り返っては前を向き歩を進めるのだ。そっと、マルコの背に手を伸ばす。この逞しい背中を、わたしは幾度も愛しく思って生きてきた。
「わたしは、たぶんもっとずっと昔からマルコがすきよ」
「ははは」
「おーい!マルコォ!どこいった!宴はまだ終わってねェぞ!」
「...勘弁しろよい」
「誕生日なんだから仕方ないわ。まあでも、ほら、あと一息よ、がんばって」
甲板のどこからか響く騒がしい声に、思わず零れる笑みを隠さず浮かべてわたしはマルコの腕を解く。くるりと向きを変えさせて、先程受け止めた背中を今度は思い切り押してやる。呆れた表情でこちらを見遣るマルコに手を振って、行ってらっしゃいとだけ添えると、彼は近付いてくる声の方を酷くだるそうに見つめて溜息をついた。さすが一流の海賊の勘とでもいうべきか、迷うこともなく着実に声は距離を縮めてやってくる。ちらり、とマルコは捨てきれない未練とともにわたしを見て、その手を伸ばす。そうしてわたしの頬を一度撫でた、彼のてのひらが導くままに、わたしは彼の口づけを受けた。時間が許すぎりぎりまでそうしたあと、おそらく世界でいちばん盛大に祝われたバースデーボーイは、ようやく彼を捜し回る同僚の許へと出頭していった。
the hug only for 3 min.
a daydream and the hug only for 3 minutes
082810
written by atoli