状況が違えば敵陣とも呼んだであろう船に乗り込んで、冬の島を抜ける。甲板で風に当たっていると、わいわいと船員たちのはしゃぐ声がした。この船の船長はわたしの船長よりずっと陽気で無鉄砲で無邪気だ。おーい、とその船長、モンキー・D・ルフィの声がして思わず振り返ると、どうやら彼はわたしに向かって手を振っているようだった。

「おーーい、メシ!」
「あ、うん今行くわ」

しししと笑っている彼のもとに降りていって、再びダイニングへの階段を上がる。ドアを開ける前から、夕飯のいい匂いがした。

「おっルフィやっときたかぁ!」
「ルフィが来ないと俺らメシ食えないんだぞ!」
「悪ィ悪ィ!」

ルフィが定位置へと座ると同時に、この船のコックが手際よく料理をテーブルへ並べていく。どうやらビーフシチューのようだ。赤ワインの芳醇な香りと、柔らかそうなビーフの匂いがする。わたしはそっと、こちらも定位置の、うちの船長、トラファルガー・ローの隣へと腰を下ろした。

「美味しそうね」
「ああ...この船のコックは腕がいい」
「あたしこっちに引っ越そうかしら」
「馬鹿言」
「ほんとか!?いいぞ!おれんとこに来い!」
「はっ?」
「始まったな」

まるで宇宙人でも見たかのような表情で、ローがルフィを見つめる。船員たちは慣れっこなのか、呆れた表情で宥めに入っているが、如何せん思い立ったら譲らない質の男だ。ルフィはガツガツとパンとビーフシチューを交互に食べながら、誰の言葉にも耳を貸さずわたしの回答を待っているようだった。そうね、とわたしは首を傾げる。すると、おいおい迷うのか、と溜息混じりの声がしたので、わたしは一つ小さく笑った。

「確かにこの船は魅力的だわ」
「だろ~!?楽しいぞ!」
「そうね、でもルフィ、わたし、」

ローのことが死ぬほど好きなの。わたしがそう言ってルフィを見遣ると、わたしとルフィの間に座るローが呆れたような顔でわたしを見ているのがついでに見えた。ルフィは、何も言わずに30秒くらいご飯を食べ続けた後、なんだ、とパンを飲み込みながら言う。他のクルーの面々は、わたしの回答に笑っていたり、ルフィの回答にほっと胸を撫で下ろしていたりする。しかし次の瞬間、

「でもおれものことは好きだ」

一緒に冒険がしたい、と言ってルフィが目を輝かせると、一気にダイニングが騒然とした。あんぐりと口を開けた後怒り始めるナミに、くすくすと至極面白そうに笑うロビンがいて、そこへサンジが追加のパンを持ってきながら一言だけ、その辺にしとけ、おれは一緒に冒険に賛成だけど、と言って再びキッチンに戻っていく。そしてウソップが本格的に状況のフォローに取り掛かろうとした時、ついに、静かにシチューを掬う手を止めて、麦わら屋、とローが呟いた。

はおれんとこの大事な船員だ。どこにもやらねえ」

そう言って、ローはじっとルフィを見詰めた。しん、と部屋中が静かになる。わたしは黙って、船長の背中を見詰める。細くて、でも力強くて、温かい、わたしが命を懸けて守りたくて仕方のない人間の背中。何度この背に庇われて守られてきたんだろう。そっと、思わず手を伸ばしかけて、ルフィの笑い声にはっとする。意識を向けると、彼はわたしにではなくローに向けて屈託のない笑顔を浮かべていた。それは、心底幸せそうな笑い顔だった。

「ししし、そうか」
「ああ」
「お前、いいやつだな、トラ男!」
「...船長として言ったまでだ」
「じゃ、、トラ男のこと嫌になったら一緒に冒険しよう」
「ありがとう、考えておくわね」

ローが嫌になったら、なんて、きっと死ぬまでこないだろう、と思いながらそっと隣の船長の様子を窺うと、彼はわたしの視線に気が付いて食事の手を一瞬止める。なんだ、とローの双眸が言う。先程の言葉が思い出されて、くすぐったさに少し笑うと、彼はわたしが何を言いたかったのか察したようで、呆れたように息を吐いて食事を進めた。

「めんどくせェ男引っ掛けやがって」
「あ、はい、ごめんなさい...」








Allured.


100813