わたしと燐が出会ったのは、わたしが五歳で彼が新生児の頃だったが、彼が普通の人間じゃないことは、すぐに分かった。何せ初めて見たときは身体中がビリビリと痛んで気を失ってしまったし、雪男は平気なのに燐にはちっとも触れなかった。でも、そのうち、ビリビリとした痛みも和らいで少しずつ燐に触れるようになると、今度はわたしが触る時だけ燐が痛がったり嫌がったりして大泣きするので、もしかしてわたしも人と違うんじゃないかということが、何となくわたしの心の隅に引っ掛かり始めた。しかし、しばらくすると燐も大泣きすることはなくなって、わたし達はいつも一緒にいるようになったので、心の隅に引っ掛かったその疑惑は忘れ去られてひっそりと埃を被っていった。再びその疑惑をはっきりと思い出したのは、それから数年後、メフィストという男に出会った時だ。貴女の正体は、遠い遠い天使の末裔。その一言を聞いたのは、晴れているのに雨が降る不思議な朝だったが、もうひとつ、天気の他に不思議だったことがある。それは、たったその一言だけで、何故藤本神父がああも燐のことを気にかけているのかも大方理解してしまっていたことだった。十歳になったばかりのその日、メフィストという男は、自分を悪魔だと言いながら天使の末裔らしいわたしを危険視したりもせずに、君は君で大変ですね、と溜息を吐いてわたしを正十字学園に連れていった。祓魔師。それが、いずれ来る燐の危機のためにわたしがならねばならないものであった。それは誰に言われたのでも強制されたのでもない純粋な己の願望であったけれど、なるほど、神父が宜しくなと幾度も言っていたのは、こうなることが分かっていたからなのかもしれないなとも思った。そうして、その危機は、それから約十年後にやってくる。燐と十年ぶりに再会したのはわたしが20歳の時だった。久しぶりに会う彼は、昔よりずっと背が伸びて、逞しくて、そして相も変わらず優しい男の子だったが、わたしがその優しさに気付けたのは彼の笑顔があったからではなく、廃墟みたいな教会で、養父を失くして零す彼の涙のせいだった。

「燐」
「...誰だ」
「りっちゃん」
「おまえ...なのか」

弾かれたように顔を上げて、燐はわたしを見た。彼の涙は後から後から溢れて切りがない。わたしはもう一度燐の名前を呼んで、ゆっくりと彼に寄り添った。ボロボロになった藤本神父の抜け殻を、そっと着ていたコートで覆う。わたしにとっても父のような存在だった人。わたしは藤本神父に向かって黙祷を捧げた後、すぐに彼がその命を賭して守り抜いた少年の手を取った。黙祷を捧げたのは、父に祈るためではない。泣いて熱くなった燐の頬を撫でると、少しだけ彼の嗚咽が漏れた。







切り落とされた
ユートピア


042511