逃げんなよ、と火照る体とは反対に酷く冷静な声音で政宗は呟いた。或いは、それを冷静にさせているものは静かに湧き上がる怒りだったかもしれない。ともかく、政宗は非常に静かな声で、ぐいとの体を引き寄せた。居城、真夜中、男女、或いは痴情。溢れるのは噎せ返るような行為の熱ばかりで、は懇願するように政宗を呼んだ。しかし、その声に応えは与えられない。揺れた政宗の睫毛の先に汗が一滴留まっている。そしてその陰に隠れてひとつ、煌々と光る龍の眼が、鋭くを見据えていた。

.....俺を怒らせてこの程度で済むと思うなよ」

「まさ、むね」

「あん?」

「許し」

「聞こえねェな」

はっと息をのんだ、は酷く煽情的な声を殺して歯を食いしばる。背中を一筋の雫が流れる。ぞくりとする。外の音はもはや何一つ聞こえてこない。近くに、誰かいるんだろうか。そう考えて、は自嘲的な笑みを浮かべた。私を何度も何度も何度も抱く、目の前の男は伊達軍の総大将だ。いないはず、ないじゃないか。

「あ」

その時、どくん、と脈打ったのが果たしての体であったのか、政宗の体であったのかは分からない。けれども、そんなことはどちらでも良かった。何しろ、そのふたつはいま、深く、つながっているのだ。どうしようもなく熱い、とは思った。しかし、これは焼けるような熱さではない。これは逃げられない熱さだ。溶けるような熱さだ。政宗は、少しばかり荒くなった息を整えながら瞬きをする。己の体の下にいるも、自分も、一糸纏わぬ姿になって一体どれほど経ったであろうか。もはや裸でいるという感覚すら、意識しなければ分からない。じっと、薄明かりの中、大きく呼吸を繰り返すの体がきらきらと淡く光に反射する様を眺めながら、政宗は静かに己を引き抜いて横たわるの上に覆い被さった。抱き寄せる、瞬間、潤んだの瞳と龍が出会う。なんて激情だ、と政宗は思った。怒りも悲しみも妬ましさも何もかもがこのたったひとつの感情に飲み込まれる。名前を呼ぶの声に応えるように腰を抱く腕に再び力を込めると、揺れた政宗の睫毛に留まる雫が、ぽたりと落ちた。















081109
(のみこんだのは、いとしきしろきよくぼうのしずく)