真夜中に、はっとして目を覚ました。外は大振りの雨、月明かりも星明かりもまるでない。代わりに酷い湿気に包まれ、わたしは嫌な気分で蒲団から抜け出した。隣に眠る男はこの蒸し暑い中、静かな寝息を立てるだけでぴくとも動かない。少しの間だけその様子を眺めていたけれども、わたしはすぐに部屋から出て外の風に当たることにした。ゆっくりと襖を閉めて、息をつく。暗闇の中出会った一陣の風が、僅かの雨粒をわたしの肌に与えて去って行く。大雨でも、多湿でも、風が吹けばやはり心地が良いものだ。ゆるりと閉じた目を開ける。視線の先ではざあざあと雨が降る。途切れない雨音に耳を澄ませると、眠気と共に様々なことが思い浮かんだ。例えば、わたしのことを愛してくれる、一人の男の事。その男が目指す先の事。それの疾走を傍で支える男たちの事。石垣となった男たちの事。うしなわれた、たくさんの、みらいのこと。覚悟は疾うにできているとみんな口を揃えて言う。けれども、本当に覚悟をしなければいけないのは、そんな男たちを想う人間の方だ。彼らが未来を失うその瞬間から、ずっと哀しみを抱えて行くのは、ずっと痛みを忘れずに行くのは、本人ではなくて、その人を大切に思う相手なのだから。わたしは一体どうしたらいいだろうと思った。わたしが想う相手は一軍の大将、滅多なことでは死にはしない。戦の度にわたしが不安に駆られても、彼はその度に自身の帰還でその不安を拭ってくれる。わたしはなかなか一番大切な人を失わない。わたしは彼の帰還の度に酷く安堵して幾度も笑みを浮かべる。だが、それは、多くの犠牲の上に成り立つ、とても残酷な喜びなのではないか。彼のために、戦場では幾人もの命が消えていく。わたしが喜ぶ度に、多くの人間が涙する。わたしは、居た堪れない罪悪感を覚えた。しかし、だからといって、その人間たちを喜ばせるために自分が泣きたいかと言えば、決してそんなことはない。残念ながらわたしはそこまで善人でもないし、無欲でもない。自己犠牲だなんて進んでするような人間でもない。彼を失うことだけは、許されない。再びの風が頬を撫でる。するりと肩先に留まっていた一握りの髪が滑り落ちる。改めて見つめてみれば、彼を失いたくないというその想いは自分でも驚くほどに強いものであった。しかし発見したことはそれだけではない。わたしはそれを、純粋なる愛情だと思っていたけれども、実のところ、それは、わたしの望みのために死ね、と他人に死を強要する恐ろしい願いでもあったのだ。彼の部下たちを屠ったのは紛れもなく敵の兵士だ。しかし、時と場合によっては、それを誰よりも強く望むのは、わたしの心なのではないか。礑とその答えに辿り着いた途端、鼻腔の奥がつんとして目頭が熱くなった。同時に「」、と雨音にも負けない強い力で名前を呼ばれて、わたしは思わず振り返る。急いで涙を止めようと思ったけれども、もう既に時遅し、喉が僅かに渇いて、間も無く睫毛の先から雫が落ちた。それを知ってか知らずか、彼はわたしの後ろ、一本の大きな柱に背を預けてどかりと腰を下ろす。「政宗」「この雨の中沈んだ顔しやがって、どこの根暗かと思ったぜ」その声音は酷く不機嫌なそれであった。しかし、わたしはそれでも、その音を、その音を生む人間を、死ぬほど愛しく感じる。彼が好きだ。彼が愛しい。だが、幾らそう思ったところで、わたしに重く圧し掛かる罪悪感は消えない。その気持ちは免罪符にはならない。しかし彼を失うことは、できない。だから、もしもわたしの願いが叶うのなら、わたしはわたしの喜びのために、その他多くの人間の涙を、所望する。一番大切な人を、失いませんように。その願いが叶うなら、何度でも、幾らでも。「」「....なに?」「お前の感情は自由だ。抑える必要なんてどこにもねえ.....だが、泣く時は俺の傍から離れるな」「泣く時だけで、いいの」「Not to worry, 心配しなくても後は俺がお前を捕まえといてやるよ」何度でも、幾らでも、わたしはこの愛のために命を喰らおう。







椅子を壊してそして食卓の上で踊りなさい
081709