フライトを終えて基地に戻ると、ちょうど機器のテストのために訪問していた見慣れた幼馴染とその同僚が職場に帰っていくところであった。ちらりと幼馴染のゼノと視線が合うと、彼にしては珍しく大層含みのある笑みを浮かべてドアの向こうに消えていく。何だってんだ。スタンリーはその意図を掴めないまま、ゼノの隣にいた女が振り返らなかったことを少しばかり残念に思う気持ちをミネラルウォーターで押し流す。煙草を咥えて火をつけながら、一般エリアで手にしたスマートフォンに視線を落とすと、1件の通知が目に止まる。送信者は先ほど自身に含みのある笑みを落としていった幼馴染だ。嫌な予感と好奇心が綯い交ぜになって指先を急かす。通知の先にあるのは一件の動画だった。マイクが拾った大きな風の音が流れる中、先ほどゼノと一緒にこの場を後にしたが画面の端に見える。彼女を捉えたカメラが被写体を定めてフォーカスする。耳を塞ぎながら、飛び立った戦闘機を目で追う女の瞳は、まるで生まれて初めてのクリスマスの朝を迎えたように煌めいていた。手元に広がる見たことのない光景に、スタンリーは僅かに口元を引き結んでただ視線を落とす。この動画の中で滑走路から飛び立ったのは他でもない自分だ。あの時、飛び立つ自分自身を地上からこんな瞳で見ていた人間がいたなんて、知る由もない。ふ、と無意識に小さく笑みが溢れる。そこへ同じように飛行を終えた同僚が入ってきて、よう、何見てんだ、と寄ってきそうになるのを片手で制して追い払うと、おい、なぜ泣くんだ、という聞き馴染みの深い幼馴染の声がした。瞬時に画面に意識を戻すと、カメラは数秒間地面ばかりを映して途切れた。再度再生ボタンを押して、シークバーで見逃したところまで動画を進める。初めてのクリスマスを迎えた子供のような瞳で戦闘機を追う彼女から引いて、カメラは雲ひとつない真っ青な空と、それを破るように伸びていく一本の飛行機雲を映していく。数秒後、カメラの画角の隅で飽きもせずずっと空を見上げているに再度カメラが寄ると、彼女は瞬きもせずずっと飛行機の軌跡を眺めながら、ぼろぼろと涙を溢していた。なぜ泣くんだ、という声が再度響いて動画が終わるまで、スタンリーは視線を動かすことも、身動きすることもできなかった。紫煙が漂う静まり返った部屋で、無意識に涙の手がかりを求めてもう一度だけ動画を巻き戻すと、動画が途切れるその瞬間、ガサガサと撮影者が動く大きなノイズに混じって「わたしも頑張らなきゃ」と涙で震えた彼女の小さな声が聞こえた。煙草の先ほどの小さな火が、音もなく心の底に根付いていくような気がした。
Day By Day
02.08.26