バザラガが不在の時は、大抵ユーステスが護衛につく。これはバザラガ達っての希望でもあったし、わたしもバザラガの上司的な立場であるユーステスを、実際に関わる中で信用していた。しかし、ユーステスもバザラガも騎空団とはまた別の組織に属しているので、二人が揃って不在のことも多い。そうするとゼタが次の候補になるのだが、彼女もバザラガの相棒である以上、同時に不在にすることが多かった。

「ごめんなさいパーシヴァル」
「いや、いい」

買い出し役を進んで買って出たは良いものの、護衛がいなければ騎空挺から降りられないとあっては、助けになっているのか邪魔をしているのか微妙なところだ。複雑な心境で隣を歩く炎帝を見遣ると、彼はいつも通りの完璧な様相で道を闊歩していた。王の血筋というものが本当にあるのだなとふと思ってしまうほど、それは威風堂々とした所作であった。

「どうした」
「あ、いえ」

何でも。そう言って、あとをどう続けようか迷って小さく笑みを零すと、パーシヴァルは小さく口端を上げて、そうか、と言う。ただ街の喧騒の中を縫うように歩いて、わたしたちは人々の日常の合間を泳ぐ。日差しが真っ直ぐに降り注いで、僅かに前を往き人の波を掻き分ける青年の赤い髪を宝石のように煌めかせていた。それは頼り甲斐のありそうな、見慣れない背中だった。


「え、あ、はい」
「大丈夫か」
「と言いますと」
「ちゃんと付いて来い」
「なるほど」

絶妙なリズムの会話に、思わず僅かに笑みが生まれる。前を征くパーシヴァルも、口調こそ厳しいもののこの会話を楽しんでいるようだった。もとよりパーシヴァルは生粋の王の血筋であり騎士だ。彼が護衛役を買って出た時は何かと理由をつけていたけれども、それが彼の優しさによる行動であろうことは全員が承知していた。もちろん、騎空団の中でも指折りの実力者、という事実も、彼がわたしの隣を歩いている正当な理由だった。人混みが増して、気温が上がっていく。パーシヴァルは前を往き、わたしはその後を追いかける。威勢のいい声が四方から弾けるように飛んでくる。ざわりと心が僅かに揺れて、わたしは空を仰いでひとつ深呼吸をした。そのせいで、ぴたり、と紅白の煌びやかな鎧が動きを止めたことに気がつかず、その背中に思い切り衝突する。

「おい」
「ごめんなさい余所見してて」
「怪我は」
「え」
「怪我はないのか、と訊いている」
「ないです」
「ならいい」

そう言ってパーシヴァルは至極当たり前のようにわたしの手を取る。他意のない、優しい手だ。人を守りたいと願う、真っ直ぐで温かい気持ちが、わたしの心を宥めていく。わたしは今だにバザールのような場所での極端な人混みが、苦手だった。恐らくは団長であるグランが言い含めたのだろうと思い、わたしは手を引かれながら苦笑する。

「グランから何か言われました?」
「?特段何も聞いていないが」
「え?」
「何だ、何かあるのか?」

ちらりと訝しげにわたしを振り返るパーシヴァルは、本当に何も知らないようだった。その様子に、今度はわたしが訝しむ。

「なんで止まったんですか、さっき」
「お前が心細そうだったからだ」

人混みを抜けて、市場の外れの目的地に辿り着く。パーシヴァルは一つ息をついて、改めてわたしに向き直った。その目は、真っ直ぐにわたしを見下ろして様子を伺っているようだった。似ているようで、全く違う色の双眸が、ふと緩まる。

「何だ、言ってみろ」
「ありがとう」

今日の護衛がパーシヴァルで良かった。そう言って笑うと、彼は意表を突かれたようにその双眸を瞠いたのちその相好を崩すと、当然だ、と満足気にわたしを眺めた。それからわたし達は無事に買い出しを終え、何事もなく騎空挺へと戻るために来た道を再び辿っていく。パーシヴァルの気遣いと人となりのおかげで、帰り道は行く道より随分と気が楽だった。

「荷物は、わたしが持てるし、重くないし、大丈夫」
「お前は俺に恥をかかせる気か?」
「でもほらいざって時に手が空いてないと」
「荷物程度でこの俺が遅れをとると思うな」
「パーシヴァルだなあ...」
「何だその返しは」

結局わたしから荷物を取り上げて、パーシヴァルは不服そうに横を歩く。屋台や食材、花や革製品の匂いが、歩を進める度に流れるように肺を満たす。微かな足音を並べながら地面を見遣ると、相も変わらず降り注ぐ日差しが、木々の合間をすり抜けて美しく木漏れ日を描いていた。

「ねえパーシヴァル」
「ん...何だ」
「.......なんでわたし達、恋人に見えたんだろうね」

え、と不意を突かれた声が横で生まれるのを、わたしはただ地面を眺めて歩きながら聞いていた。それはわたしにとって、至極自然で、純粋な疑問だった。先程買い物をした店主は、特段わたし達が会話をした訳でもないうちから、デートかい、と言っていた。恋人たちにはおまけをしよう、と言って、余剰に品物を分けてくれた。

「男女が二人で歩いていれば、いつもああ言っているんだろう」

気にするな。そう言ってパーシヴァルは見え始めた騎空挺に向かって歩くよう軽くわたしの背を押して促す。確かにそうかもしれない。わたしはそう思いながら、地面から正面へ視線を戻す。でももしかしたら、そうじゃないかもしれない。バザラガと一緒の時、あの言葉を聞いたことは一度もない。例えばもし、わたしとパーシヴァルが同じ種族だからだとしたら。釣り合うように見えているからだとしたら。色恋沙汰に他人の意見など無用だということくらい分かっている。それでも、色恋沙汰だからこそ、無視ができない弱いわたしが顔を出す。

「心配しなくとも、お前の恋人には言わない」
「ふたりの秘密ね」

茶化すように僅かに色を乗せてパーシヴァルを見遣ると、彼は存外に照れて、そう言うことは軽々しく男に言うものではない、と至極真っ当な説教をした。騎空挺まであと少し。わたしは、はやく恋人に会いたい、と願いながら残りの道を行く。






わたしレガシー



033019