酒場でいつも通りの酒をいつも通りに煽りながら、バザラガはいつもとは違ってパティオにいた。騎空挺からはとても近く感じる空は、地上から見ると遥か彼方に見える。闇は街明かりを受けて滲んでいた。酒を煽りながら、任務のことを振り返る。多少のゴタゴタはあったものの、無事に任務を完了したバザラガとゼタ、ベアトリクスにユーステスの4人は、明朝帰路につく予定でいる。宿の方から歩いてくる見慣れた相棒の姿を視界の隅に認めながら、バザラガは、彼女はもう眠っただろうか、と考えた。いつも意外と遅くまで起きていて、放っておくと平気で一人、時差のある場所にいるような生活をする。そのせいだと思っていた朝の弱さは、しかし寝室を共にするようになっても一向に改善される気配がなかった。 バザラガが起きる際に不機嫌になって彼をベッドへと連れ戻そうとするは知らないだろうが、毎朝その姿を見るたびバザラガは、絵に描いたようなその平穏に酷く心地よい幸せを味わっている。自分には勿体無いほどのものだ。それでも手にすると自ら決めたからには、簡単に手放すつもりはなかった。

「珍しいわね外で飲んでるなんて」
「いつも同じではつまらんだろう」

そう言いながら店内へと消えていったゼタは、去り際に僅かに意味深な笑みを零した。どうやら既に宿で飲んできた後のようだ。バザラガは再び酒を煽って思案に戻る。とはそんなに長いこと共に過ごしてきたわけではない。それでも、とても多くの出来事があった、と感じるのは、全てが予想に反していたからか、それともその真新しさからくるものか。まさか自分が、誰かの特別になり、誰かを特別に扱う日がくるとは、あの日以来想像すらしてこなかった。捨て身の特攻のように、或いは死地に赴く戦士のように、自分に向かって心の内を吐露するはいつも以上に凛として美しかった。しかし、恐らくそれだけでは、その手は取らなかっただろう。出会った時から彼女の護衛役として接してきて、見えた彼女自身の闇がある。暴漢に襲われたというとき、傍に居れずに生まれてしまった闇がある。それらを巧みに隠そうとする明るさと気遣いがある。隠せずにとても純粋な雫として落とす不用心さと、人に対する愛情からくる信用がある。それら全てが入り混じって織りなされた一人の人間であることを知っていたからこそ、バザラガはあの日の手を取った。とても不安定で繊細だが強い意志を持つこの女性を、見ていたいと思った。守りたい、と思ったのは言わずもがなだ。自分が守るべきものを、他の男が傷付けたと知った時の感情は筆舌に尽くし難い。今思えば、それは護衛役としての責務からくる感情だけではなかったのかもしれない。

のことでしょ」
「...何のことだ、ゼタ」
「アンタが今考えてること」
「知ってどうする」
「当たりだ」

得意げに笑って、店内から数本の小振りな酒瓶を持ってきたゼタは、よっこいしょと言いながら空いていた席へと腰を下ろす。

「しかしこんなに分かりやすい弱みだと握るにしてもなあ…」
「何か言ったか?」
「何でもない」

瓶を煽って、ゼタは大きく息をつく。それからお世辞にもあまり美しいとは言えない、街明かりに滲んだ夜空を見上げたのち、そういえば、とバザラガに徐に向き直る。嫌な予感がする、とバザラガは咄嗟に手にした酒瓶を煽った。

「こんなこと言いたかないけど、アンタ、ちゃんと加減しなさいよ」
「...何の話だ、論点が見えんぞ」
「男女の話よ」
「......やはりお前だったか、ゼタ」
「やっぱりって何のこと」
が前に、...いや、何でもない」
「何よ気になるでしょうが」
「気にするな。加減はしているつもりだ。心配も要らん」
「...心配事はそれだけじゃないのよ」

分かってんの、と僅かに真剣味を増して、ゼタはバザラガを見遣る。バザラガはしかし、それについても何となく察しがついていた。のことは、とりわけ注意深く見ているつもりだ。生活環境もほとんど一緒の今、変化があればいち早く気付く自信がある。それに、平和な世界から来たらしいは、死地を渡り歩くような生活をしてきたバザラガにして見ればその殆どの変化が--変化の理由は別として--明らかだった。

「元の世界のことか」
「そう」
「戻る気で、いるだろうな」
「......アンタ、知っててそんな暢気にしてんの?」
「暢気なわけではない。今は何も打つ手がないだけだ」
「何それ、臆病風に吹かれてるだけじゃない」

そうかもしれない、とバザラガはゼタの言葉に胸中でのみ返事をした。実際、帰ると言ったところで、どうするというのだ。今ある関係が互いに決心して選んだ道だったとはいえ、これは自らが存在する世界の話だ。それとこれとはまた少し理屈が違う。それに、彼女が自分にもたらした変化に感謝こそすれ、彼女の望みに異を唱えて引き留めるなど、出来ようはずもない。

「俺にはそもそも勿体無い存在だった...とか言うんじゃないわよ」
「その通りだ」
「馬鹿ね」
が帰ると言うなら全力で手伝う。俺は彼女の自由の妨げになるつもりはない」

軽くなり始めた酒瓶の中身を確かめるように、バザラガはそれを闇夜に翳す。の心には闇がある。それは誰しもが併せ持つ闇かもしれない。しかし、置かれた状況が特殊なせいで、その闇が時々を食い尽くしそうになっていることを、バザラガは知っている。またそういう時、彼女がバザラガの腕の中にいたがることも、最近気付いた事実だった。自惚れでも何でもなく、バザラガはが彼に向ける感情の強さを理解しているつもりだ。それこそバザラガを助けるためならその身を如何様にもするだろう。だから彼女が帰ると言った時、問わねばならぬことがある。

「だが、もしその決断が、彼女の自由ではなく枷となるなら」
「阻止するわけ?」
「そのつもりだ」







ワンダーサテライトランド

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