「そういえばよォ~、承太郎さんってあんまさんといつも一緒って感じじゃあねえけど大丈夫なの?」

ふと思い出したようにそう言ったのは億泰だ。カフェ・ドゥ・マゴのケーキを頬張りながら、テーブルにつく面々の視線を受けて、億泰は口の中のスポンジを飲み込んで言葉を続ける。

「いや、だってよォ~、この町って今物騒だし?そうでなくても飲み屋街のほうなんて一人で行ったら結構絡まれるぜェ」

それは大した説得力もない補足で、そして何かあったのかと半ばドラマティックな展開を期待したどの人間の期待値も超えない内容だった。同席していた岸辺露伴が呆れて物も言えないと言わんばかりにその非言語コミュニケーション能力を遺憾なく発揮したが、その横で当の空条承太郎は別な受け取り方をしたように見えた。彼はとても品のよい所作で珈琲を口元に運んで沈黙するばかりで、何かを言う気配はまるでない。

「確かにあの辺は女性ひとりじゃあ危ないかもしれないけど、でもさんだってスタンド使いでしょ?大丈夫なんじゃあないかなあ」

それとも他に何かあるの?と康一がメロンソーダの中の氷をストローでくるくると回しながら尋ねる。億泰は最後の一口になったケーキを口へ放り込んで、ううむ、と唸った。そして口の中が空になると、そうじゃあねーんだけどよ、と相変わらず美術館に展示された彫刻のように鎮座する承太郎を見て、路面から彼に注がれる控えめな黄色い歓声を聞く。

「承太郎さんは心配になったりしねーの?」
「心配、とは?」
「こう、変な男に誑かされるとか」
「おいおいおい億泰きみ昨日なにか質の低い映画でも見ただろう?質問が下らなさすぎるぞ」
「エッ露伴先生なんで分かったの?!面白かったぜェ~!」

やれやれ、と承太郎が溜息をつく。高校生らにとって、遠い街から来た彼らと同じスタンド使い同士の夫婦の存在はまだ新しく、悪意のない好奇心を擽ぐるようで、承太郎やは度々出会いについて聞かれたり、今のような類の質問を受けたりした。その度に承太郎は沈黙か、忘れたと受け流すか、当たり障りのない回答をするかというカードを切っている。今回は沈黙で良さそうだと承太郎は思ったが、しかし耳に入ってくる、億泰が語るC級映画の顛末がそのまま自分らに適用されるのも些か好ましくなかった。

「行っちゃあいけないところを教えたり男やスリとかの躱し方を教えたり、とにかく守るために色々するのよ」
「億泰、それは守ってるんじゃあない 躾だぜ」

珈琲を飲むついでのように落とされた声に、はっとしたような視線が注がれる。しかし、承太郎はそれ以上何も言わなかった。代わりに彼は空になったカップを音もなく優雅にソーサーに置き、星を砕いて溶かしたようなその美しい双眸を路面へと向ける。心配かと言われればつい先日も嫉妬したばかりだし、全く心配していないわけではない。ただ、彼女には彼女の人生を好きに生きてほしい。例え危険のリスクがあったとしても、やはり水槽より海がいい。芸を教えるのでなく共に泳いで知りたい。

「ハローウ、紳士が揃いも揃ってお茶会?」
「そんなところ、かな」

カフェの前の横断歩道を渡ってテーブルへやってきたが承太郎の返しに小さく笑う。同席していた面々と挨拶を交わすを見守った後、承太郎は立ち上がって、さて、と言った。

「俺はそろそろ行くぜ」
「あら、行ってらっしゃい 帰りは?」
「日が暮れるまでには戻る」
「気をつけて」

互いの頬に挨拶のキスを落として別れる二人にテーブルから視線が集まる。自分が来た道を戻るように去って行く承太郎を少し眺めて、はテーブルの面々へ向き直った。ね、あと珈琲一杯分だけ付き合ってくれない?と、承太郎とはまた違う、花のような輝きを持つ瞳がやんわりと細められる。それは、星を砕いて溶かした輝きに並んでもまるで遜色のない美しいものだった。







君と僕と誰かの算数




092517