空はつきぬけて青く
降っては踊る陽光が 帝都の上で反射する。
ああ、とは小さく溜息をついた。
隣に座る、男がちらりと彼女を覗き込んで双眸を細める。
太陽が眩しい所為ではない。




「…何ですか、鳴海さん」

「元気、無いんじゃないの」


名前を呼ぶその声は低く、喉元を撫でるようにして溶ける。
街中の喧騒もそれほど煩くは無い、午前九時。

その男の探偵社、鳴海探偵社の事務所には静寂と、一組の男女がぽつり。
女は真っ直ぐに背筋を伸ばして座り
男は見るからに自堕落そうな欠伸を浮かべて
それは まるで


「出来の良い若妻と自堕落亭主みたいだよね俺ら」


驚いてびくりとの肩が揺れる。
冗談、


「鳴海さ」

「ははは、冗談、冗談だって。」


俺は同い年あたりで可愛いのが好みなんだ、と
告げる鳴海は柔らかに笑う。
普段は何でもないそんな彼の気遣いの冗談にさえ上手く笑えないのは
一人の男を喧嘩の罵声で送り出してしまった事への後悔と焦りがあるからだ。
ただの探偵見習いではない彼を そうして送り出す事は
とても大きな後悔と不安、そうして自身の器量の狭さをに思い知らせる。
頭痛がして再び溜息を吐き頭部を押さえると、鳴海がその腰を上げた。
ふいに立ち上がった彼を不審気にちらりと見遣れば、彼は視線だけで横になれと告げている。
はまた溜息を一つ。


「…彼が…ライドウが戻ったら起こして下さい」

「分かった」


そうして酷い頭痛の中
静かに帝都に降る陽の下でゆっくりとは目を閉じた。
鳴海の大きな手が撫でる額に心地良さを感じながら
それでもはその鳴海本人ではなく、今朝喧嘩をしたばかりの男を想って止まない。
ライドウの手は彼の両手よりも大きいのだ。
指の長さや
実際の大きさではなく

ただ漠然と、
彼の手は大きい






そう胸中で考えながら彼を恋しく想い 胸が詰まる。
そうして鳴海が気付かぬ間に ソファの上、陽光の下で ついには眠りに落ちた。
鳴海が自身の事務机へと戻り、再び鳴海探偵社の扉がノック無しに開いたのは
昼間の太陽がまだ昇りきらない頃。
姿を見せたのは黒い外套に身を包んだ長身の男。

心なしか少しばかり疲弊しているように見えるその男はそのまま歩を進める。
外の気温が彼に寄り添って流れ込み
鳴海はやっと今日の気候を知った。
なるほど窓からでは光以外何も伝わらない。


「所長」

「ああ、ライドウ」


少し静かに
言葉を紡ぎかけたライドウにそう続けた鳴海は顎で示す。
指した先はソファの上。
そうして次に鳴海が見たのは
少し強張った少年の表情。
ははぁ、と勘付く鳴海は口角を上げた。


「夫婦喧嘩か」

「ふ」

「おっと、そこはそんな大した問題でもないだろうどうせ行く行くは現実になるんだし」


ライドウに止められない様にと一気に捲くし立てた鳴海を
彼はただ呆れたように眺める。
そうしてそろりと
ソファで眠る女に目をやった。


「……本当に世話の焼ける」


第一に口をついたのは溜息と呆れの言葉。
そのライドウの言葉を聞き取れなかった鳴海は不思議そうに聞き返す。


「ん?」

「いえ、何でも」


そういって自身の外套をに掛けてやるライドウの双眸は
今までに鳴海が見た彼の表情の中で一番柔らかくて穏やか。
彼には出来る表情では無いと思っていただけに、鳴海は酷く驚かされる。


「…結局こんなに好き合ってるくせに、何でそうも喧嘩するかねぇ」

「そんなに俺達は喧嘩しませんよ」

の奴、泣いてたぞ?」

「…本当にそうなら良かったんです」


そう言いながら、ライドウは大袈裟な鳴海にちらりと視線を向けて再びを見つめた。
ソファの脇に屈み込んでその頬に指を滑らせる。
涙の跡すらない。
ライドウの視線が落とされて 彼の手はから離された。


「おい、どういう」

「…泣かないんですよ、は」


床に膝を付いたまま振り返ってそうはっきりと告げるライドウを、鳴海は訝しげに眺める。


「泣かないって、だってまだまだ大人になりきらない女の子だろ」

「………、」


視線を逸らす
ライドウの双眸は苦しげに細められる
何かを言いかけた彼がしかしそれを口にする事は無く
代わりに彼の声は懇願の意を紡いだ。


「…すみません、少しだけ席を外して頂けませんか 所長」

「おまえ、ここは俺の」

「所長」


お願い出来ませんか。

そう言って有無を言わせない双眸を学帽の下から覗かせるライドウに
小さく溜息をついた鳴海は分かったよと呟いて、その歩を扉へと進める。
何処かに行くのだろう ポケットに少しの金を忍ばせた鳴海が席を外して訪れた静寂の中
ライドウがを再びその視界に収めること 数秒





紡がれた声は深く、
心臓の辺りに広がって沈む。


「…」


知らぬ間にライドウの眉間は寄せられて 賢そうなその双眸は揺れる
それは 緊張ゆえか
愛ゆえか





彼女が気付いたのは彼の匂い


「…ラ イドウ?」

「…お早う」


少し困ったように口元を緩めて呟くライドウを
は泣きそうな顔で眺める。
しかし実際に彼女が涙を見せる事は無く、ライドウはただその身を彼女の願望のままに、
伸ばされた腕の中へと受け渡す。
自身よりも幾分も大きな彼を抱き締めるの唇が、彼のこめかみや首筋へと落ちる。
何も言わない
無音の、けれど感情に満ちた色鮮やかな瞬間。
ライドウは双眸を細めた
そうしてその腕をの腰へと回す
主導権を取って
の視線を捕らえる


「……ライドウ」

「…?」

「…まだ怒ってる?」

「……………………どう思う?」


小さく口角を上げて笑うライドウを見た、は安堵にその表情を緩めた。
降っては踊る陽光は 未だ帝都の上で反射する。
色鮮やかな瞬間の中、

は滅多に無い彼の希望で双眸を伏せた。














My song is love


(何気ない日常に どうか 愛を)
041606