アルコバレーノたちは呪われた赤ん坊。むやみに近づいてはいけませんよ、と母は言った。わたしはというと、なんのことか頓とわからないで元気に返事をして、同い年であった牛のランボ(小さな頃わたしは彼をこう呼んでいた)とはしゃぎまわって遊んでいた。夏の暑い日だった。それからわたしとランボは仲良く育って 気付いたらいつの間にか成人してしまっていた。それまでの間に私たちはたくさん戦ってたまに助けて助けられて危機をひっくり返してひっくり返されて、傷付いて泣いて喚いて疲れて眠る日々を繰り返した。なんだか恋のような甘酸っぱい記憶もたくさんできた。でもランボは彼氏ではなくて、だからもちろん素っ裸になってお互いに息を荒くして体を求め合うなんてことはなかった。ああ、わたし、このまま男の人を知る前に誰かに暗殺とかされて死んでしまうのかな、それはいやだな。

「だれか わたしを貰ってくれないかな」
「はあ?またそれ?、きみ少し結婚願望強すぎない?」
「うるさいランボだまれランボ」
「はいはい」

ここまで生き延びてくるために、わたしたちはそれはそれはたくさんの人の死を抱え込まなければいけなかった。それはある時は一緒に笑いあった仲間であり、ある時は憎らしい敵でもあり、顔も知らないような他人であったりした。幸い、わたしはまだ「最愛の人」というのを失ったことはない。なぜならそんな高尚な存在の人がいないからだ。ランボはどうだか知らない。しかしこいつは女というものの扱いが下手そうだからたぶんわたしと同じ様なモンだろう。

「...ねえアレ なに」
「......"アレ"?」

ランボはわたしの声に目を細めた。彼は私よりも幾分か視力がいい。そうしてわたしはランボの少し焦ったような声と共に理解した。それが何であるか、を。

、あれ...!」
「リボーン!」

ランボの声より早く駆け出す。いつもめかし込んでいるリボーンの自慢の黒いスーツは焦げたような匂いがした。帽子はぼろぼろで、ゴミ捨て場から拾ってきたようにくたびれている。引き摺るように歩かされた彼の体は疲れ果てて、どすりとわたしの体に覆い被さった。わたしはというとその勢いで床にしりもちを付く。なんでか涙が込み上げた。ランボ、と小さく呟くとそこに彼はおらず、振り返れば来た方向へと走っている背中が見えた。誰かに知らせに行くんだろう。

「......、」

わたしは何を言っていいか分からずにただ唇をかんで、沈黙を守った。傷付いているリボーンの体は重たくて火薬の匂いがする。今までわたしが抱きしめることも抱きしめられることもなかったリボーンの体は温かくて少し安心した。のそりと少しだけ動いて見えたリボーンの顔はいつものように眉目秀麗なそれだ。少し血の匂いがした。どくんどくんと心臓が任務を遂行中のときのように動く。黒目がちな両目はわたしを黙って見つめている。そんなことはないのに、生まれて初めて見つめられた気がした。

「............」
「リボーン あんた、どう したの」
「......何でもねーぞ...」
「何でもなくないわよ」
「.........息が」


出来ねーんだ。鴉のような、黒真珠のような、真夜中の胡桃の殻の中のような、ふたつの双眸にはわたししか映っていなくて わたしは咄嗟にリボーンの頬を両手で挟んだ。目の前に居るのに、存在を主張しようとしない彼はふとした瞬間に居なくなってしまうような錯覚を与える。胸を圧迫するわたしよりも四つも歳が下である彼の体はまだ少年であるべきだというのに 計り知れぬ人々の期待からか、彼本来の割り切った性格からか、能力の高さからか、その体のつくりはとても少年とは言い難かった。硬い筋肉に無駄のない構造。触れてみればそれは紛れもなく頼もしい男の体だ。確かに 逞しく育ったわたしの相棒ランボよりも線が細いリボーンはいつも不健康そうに見えるのだが、しかしそれを差し引いても今の彼はとても苦しそうに見えた。ぞくりとする。途端に小さい頃の母の言葉を思い出した。

「...のろ...い...なの...?」
「............ああ。」
「やだ」

無意識に否定の声を上げる。わたしはその瞬間に、心の底から嫌だと思った。何でかは知らないがしかし今までに一度だって考えたことのない目の前の男の死を想像させられて、わたしはこの人が死んだらどうしたらいいんだろうと思った。ランボが死んだらわたしはきっとそこで死にたくなって必死で泣いて絶望する。しかしリボーンが死んだら、きっとこの世界にはもう二度とわたしは生まれてこなくていいと思う。生まれてきたことを後悔するのもきっとリボーンが死んだ時だ。そうしてわたしはわたしがどれだけリボーンを重要視しているかに気が付いた。これはどういった類の気持ちか、わたしは知っていて知らないふりをする。じっと見つめたままのリボーンはわたしの否定の声に少し驚いて眉を動かした。

「......こればっかりは、仕方ねーな。持って生まれちまった運命だ」
「...苦しいの?」
「大したことねーぞ」

本当に何でもないかのように言ってのけるリボーンの体はどくり、どくりと脈打っていた。怖かった。わたしは一生懸命に冷静になろうとして沈黙して失敗して あろう事か涙が零れた。成人して一年、人前で泣かなかったわたしの自慢はここでお蔵入りだ。ランボには、見せたことはあるけれどもあいつは人というよりももはや牛だから数えない。リボーンは先ほどとは打って変わって少々面倒くさそうな顔をした。無表情が基本のはずのリボーンも、よくよく注意すればその表情をとてもよく変える。10代の少年らしいと思った。

「お前が泣くとランボがうぜーんだ 泣くな」
「ははは...なによ...それ...わたしはあいつの恋人じゃ、ないのに」
「...じゃあ...俺のもんになるか?」

リボーンは息苦しそうに、しかし澄ました顔でわたしの頬を撫でて涙を拭う。わたしはリボーンの言葉に疑問と驚きを抱いて目を瞠った。だだっ広い無音の廊下に突如生まれた音は容赦なくわたしの思考を掻き回して そうして日差しに溶けていく。リボーンの声音は冷たいから太陽に当たって溶けるのは何も不思議なことではない気がした。

「からかわないでよ」
「何言ってんだ?俺はずっと前からおまえが好きだぞ」

呆れたようにリボーンが壁に凭れ込む。言うと決めたことをすぐにその場で言いのけてしまうのは確かに彼の癖だ。そこに打算があったかどうかは知らないが わたしは気が付いてしまった自分の感情を上手く扱えなくてどうしようもなくなった。にっちもさっちもいかないとはこのことだ。少々憎らしくなって顔を上げると、そんなわたしとは対照的にリボーンは俯いていた。ぐらりとその痩身が傾くのを一生懸命に止めようとしたわたしの 冷えた心臓と怯えた脳は、しかし体のどんな一部分も動かすことを許さなかった。瞬きでさえ二つの強大な機関に支配されてしまっている。わたしが何とか体を動かせるようになった頃には リボーンはその傾きを何とか堪えて そうしてわたしの名前を掠れた声で呼んだ。それは確かにわたしの名前であるはずなのに、その音はまるでどこかの国で幸せに暮らしているお姫様に捧げられる歌のように 美しくて綺麗で優しくて甘い。



繰り返し呼ばれるままに床に手をついてリボーンに近づくと、彼の火薬臭い体は再び容赦なくわたしの上に重力をかけた。先ほどよりも息が浅くて荒くて 怖くて不安で ランボ早く来い早く来いと思っていたら廊下の先で複数の危機迫った声がした。そうしてその遠い声を遮って 耳元でまたリボーンの冷えた声が生まれて広がって太陽に照らされて溶ける。今度はわたしは本当に泣き出して そうして小さく頷いた。













"Be my escape."


052307