消失したリボーンを探して十年後に来た綱吉にとって、この世界にあるものみえるものは全て衝撃的だった。未来の自分はここでどんな風に生きていたのだろうと思う。何もかもが同じようで、しかし何もかもが全て違う。からくりのような世界。

「あら、雨に濡れちゃって、それ、水も滴るいい男のつもり?」

途中で出会った山本に導かれて潜り込んだアジトの中の奥深い一室。そこに入るといの一番に聞こえてきたのはそんな言葉で、綱吉はもちろん獄寺も酷く驚いた。女の声だ。しかも、それをどこかで聞いた覚えがある。唖然としたまま硬直した10年前の二人に苦笑して、山本は部屋の奥からこちらを見つめる存在に言葉を返す。

「ハハハ、いい男か...それはどうかな?」
「心配などしなくとも、あなたはいい男よ、それも世界で一番のね」

山本はその言葉に微笑んで、駆け寄る二人の子供を軽々と抱き上げる。硬直が解けた綱吉が半ば叫ぶように尋ねた。その横の獄寺も口には出さないものの同じような顔をしている。

「...もしかして...?」
「...なるほどね、確かに、10年前の綱吉と獄寺だわ」
「ええええやっぱりなの!?」
「やァね、あたしの顔、忘れたの?」

にやにやと笑うその様子に綱吉と獄寺は確かにそれが彼女本人であることを理解し、そうして驚きの眼差しで10年後の友人を眺める。堂々とした気の強そうな様子は一ミリも変わっていない。長い睫毛も目の色も笑い方も昔のまま。着用している黒い細身のスーツは薄い縦縞が幾筋もあしらわれたいかにも高級な品のある作りで、良く似合っているが、そういった格好をしていてしかもこんな場所にいるということは彼女も今はマフィアの、しかもボンゴレの一員なんだろう。少しばかり複雑な気分になって笑顔を作るのが辛くなる。そうして綱吉はその目線をの隣に佇む山本へと向けた。山本の両腕に抱かれるまだ幼い子供たちが不思議そうな顔で様子を窺っている。

「...あ、ねえ、ところでその子達は?」
「こいつら?」
「まさかオメーの子供とか言わねえだろうな」
「武の子供よ」

そしてわたしの。は山本の腕に大人しく抱かれる二人の子供の柔らかな頬を指先でくすぐって、先ほどよりも近く山本の傍に寄り添った。そうしてまたにやにやと笑う。言われればその男児と女児はどことなく二人に似ている。笑い方だとか、長い睫毛だとか、髪の色だとか雰囲気だとか、何とも言い表せない要素ではあるが、確かに彼らの子供なんだろうと綱吉と獄寺を納得させる何かはある。綱吉は驚嘆してしばらく声も出せずに子供たちを見つめたが、そのうちそれにも慣れて再びその視線をと山本に戻した。改めて夫婦と認識して見てみればおかしな感じだ。何しろ自分たちの知る二人は二、三日前まで中学生だった。自分たちと一緒に中学校に通い、同じ制服を着て、宿題の答案を写したり放課後に目的もなく街に出たり、夏になったら夜な夜な集まって花火大会を催したり冬になったら近くの空き地まで見えもしない星を見に集まったりする、そんな、仲間であり友人であり、辛いときには頼りになる緊急脱出装置みたいな中学生の自分たちの、中学生の友達。

「...ところで、ちょっとツナと獄寺でこの子達見ててくれない?」
「え?」
「大丈夫、すぐ戻ってくる」
「あ、う、うん」
「ったく面倒くせーな」
「悪ィな、二人とも」

山本は申し訳なさそうに苦笑して子供を放す。そうして不安そうに父親を呼ぶ子供たちの前に屈んで二人の小さな手を握ると、じっとその双眸に子供を映して山本は満面の笑みを浮かべた。それは綱吉にも獄寺にも見覚えのあるものだ。豪快で繊細な、直球の感情表現。

「おまえら、すぐ戻ってくるからいい子にしてんだぞ」
「はーい」
「あいー」
「よし」

山本はそうしてすっと立ち上がっての待つドアの方へと向かい、の後ろに付いて歩いた。いつものように、ドアを通って数歩で背後からドアの閉まる電子音が聞こえてくる。前ではが心地良いヒールの音を規則的に響かせていた。手頃と見たのか、傍に見えたドアにキーを差し込んでが無機質な部屋に足を踏み入れる。それに習ってドアをくぐった山本は部屋の中央で振り返ったを見つめると、これから彼女がどんな顔をして、何を言うかが容易に想像できた。

「こんなこと言うのは おかしいかもしれないけど」

横にあった本棚に寄りかかりながら腕を組んで、自分の妻の様子を眺める。緊張しているなと思いながら山本は静かに瞬きをした。もう大抵のことは、様子を見れば分かる。声のトーンだとか、仕草だとか、表情だとか、好きだから知りたいんだといって暴いてきた彼女の秘密は数え切れない。

「一緒にいて」
「......?」

は黙って山本を見つめると、そのまま俯いて何も言わなくなった。ただ、瞬きをする度に揺れる睫毛だけ、俯いた姿でも辛うじて窺うことができるが、それ以外は何も分からない。山本もしばらくはその沈黙に身を浸して視線を落とす。山本がを見ると、みぞおちの辺りに何か良く判らない息苦しいような感覚を覚えて切なくなって一生愛してやりたいと思うように、も山本を見れば同じような感覚に陥っていた。お互いに、触れてほしいとか、抱きしめてほしいとか、名前を呼んでほしいとか、数えればきりがない様々なことが一気に膨らんで溢れ出す。それは子供だった昔も大人になった今も変わらない。おぼつかない様子でキスをして目の前の男の制服のネクタイを苦戦しながらほどいた時から、お互いを知り尽くした今に至るまでずっと、結局ふたりは男と女だ。惹かれあう以外にこれを繋げる術はない。

「...心配ないぜ」
「......簡単に言わないでよ」
、」

まずいなと、寄りかかったままの身を起こして山本はに歩み寄ると、思ったとおりに、の双眸には見慣れた涙が浮かんでいた。抱きしめて、ゆっくりと軽く優しく背中を叩く。大丈夫、そう思っても しかし山本はそれを口には出さなかった。それを純粋に言うには、気持ちだけではどうにもならない事実を見すぎている。泣いているせいか子供のように体温の高いを一度強く抱き寄せて、指先で頬に触れるとが顔を上げた。山本は少し背を屈めての唇を塞ぐ。好きな音楽も好きな食べ物もそのうち飽きてしまうのに、数え切れないほど彼女と繰り返したキスもセックスも飽きることはない。もっとも、がいうようにそれはそこに愛があるからなのか、それとも飽くなき独占欲が満たされるからなのか、それは分からない。

「泣くなよ、」
「...もう泣いてないわ」
「......おまえの言いたいことは分かってる。おまえも、俺も、うちのチビたちも、一緒じゃなきゃみんなつらい」

目を逸らしたの頬に滑る涙の跡を拭って、山本は逸れた視線を戻させる。本当に、思ったとおりの行動をするんだなと少し吹き出すと、が何よと言わんばかりに、怪訝そうに眉根を寄せた。その様子は息子と娘によく似ている。彼らが本当にと自分ふたりの血を受け継いで生まれてきた命なのだと思うと、なんだか誇らしいようなくすぐったいような気がした。

「この人生の最期までお前の傍にいるよ」

信じてみな、と いたずら気に笑って、山本はを眺める。は泣きそうに笑って、そうして山本の視線に応じて頷いた。何度か短いキスを交わして、ふたりはその部屋をあとにする。廊下に出ると、聞き慣れた小さな笑い声が二重になって広がっていた。





二人きりシュプレヒコール
(ふたり手を繋いで何度でも)
082507