午後10時。それはわたしが全てを終えてやっと落ち着く時間帯。遊びに行って、帰ってきてご飯を食べて、宿題をしてお風呂に入る。そうしていつものように深く息を吸ってベッドの上で音楽を聴いていると、聞き慣れた音が耳に滑り込んだ。無意識に頬が緩む。それが携帯から発せられた音だということ、さらにそれが誰からなのかも、わたしには考えずともわかる。ふふふ、と小さく笑って、わざと少し、間を開けてわたしは電話に答えた。

「こんばんは、ツナ」
「あ、、こんばんは」
「今日はもう寝るの?」
「ううん、それが...」
「...それが?」

口ごもるツナを不思議に思いながらも答えを待つと、丁度部屋でかかっていた音楽が終わった瞬間に、どこかで小さく特徴的な笑い声が聞こえた。 ガハハ、と聞こえるそれはもしかしたら、わたしの知る牛っぽい5歳児のそれで、さらにもしかしたら、それは

、外見て」

ああ、やっぱりね、と嬉しい溜息を吐きながらカーテンを開けて窓を覗けば、確かにそこにはツナと、牛っぽい5歳児---ランボがこちらを見上げて笑って立っていた。もっとも、ツナのは苦笑い、ランボのはいつもの訳のわからない笑いだ。

「待ってて、いま、そっちに行くわ」
「うん、ごめん

階段を駆け下りて、ちょっとそこまで行って来るね、とママに告げてドアを開けると、少し涼しい風が頬を撫でた。しかしそれよりも、わたしの目はそこに立つ男に釘付けになる。ちょっと待て、これは反則だろう。ただ夜に見ているだけなのに、どうして彼はこうも昼とは違う顔をするのだ。緩く笑んだ顔よりも、大らかに笑うほうが似合うと思っていたのに。

「...そんな顔されたら、惚れちゃうじゃない...」
「?、何か言っ」
「ガハハ、ー!!」
「ランボ!もう夜遅いんだから静かにしろよ!」
「うっさいわボケ!ーだっこ!」
「こいつ...!」

溜息を吐いたツナに苦笑して、わたしは足元で両手を目一杯伸ばすランボを抱き上げる。途端にツナと同じシャンプーの匂いがして、胸が締められるように苦しくなった。一度ランボの頭を撫でて、わたしは彼を地面の上におろす。

「ランボ、ママがランボのために買い溜めてある飴があるから貰っておいで」
「...わかった!ランボさん飴貰ってくる!」

とたとたと走って家の中へと向かうランボの可愛い姿を見送り微笑む。背後からツナの申し訳なさそうな声が聞こえた。ごめん、と苦く笑う彼に、わたしは何も言わずに両手を伸ばした。直後、わたしの腕の中に暖かな熱と心音と柔らかな匂いが収まる。ツナは少し驚いた後、抵抗するわけでもなく、少し申し訳なさそうにわたしの背をその両手でぎゅっと引き寄せた。ああ、どうしよう、わたし、彼が好きすぎて、死ぬ。

「あ、あの、
「好きよ、ツナ」

何よりも誰よりも今までのどんなときよりも、今この瞬間に一番、あなたが愛おしい。抱きしめたままそう呟いて、わたしはツナの首筋に一つキスを落とした。そうしてツナと目を合わせようと少し体を離す。真っ赤になっていると思った彼の顔は赤くなっているどころか暗闇の所為で薄白く、思いのほか美しかった。いいや、これは美しいというよりも、色っぽい、というべきかもしれない。

「ツナ、」
「あーもう、何ではそんなに考えなしなんだよ...」
「考え無しって何よ、あたしはいつも考えて行動し...んっ」

驚いたことに、わたしの言葉を遮って、彼はわたしの唇を塞いだ。軽く触れた後、名残惜しそうに離れていった彼の唇をぼんやりと眺める。彼からのキス、それはたかだか一瞬の出来事だったけれど、それでもわたしにとってそれは10分にも1時間にも換算できるほど重要なものだったのだ。こういうことは時々あるのだがしかし、あのダメツナと呼ばれる、女とは無縁そうな男がこうも女を欲しがるなんて、男というものは末恐ろしい生き物だ。

「考えて行動、してないよ...してたら、こんなことしないだろ」
「こんなことって、何よ」
「首...に、キス、したりとか.........オレだって男なんだぞ。それに」

綱吉の双眸が酷く強い。怯えるような強さはなくとも、この男にはわたしの想像を超えた何かがある、彼はそう思わせる強さを持っている。こうした小さな一瞬一瞬に、わたしはボンゴレ9代目が何故、この男を10代目にしようとしたのかが判る気がした。

「それに、いくらランボが強請ったからって、よほど来たくなかったらこんな時間に会いになんて来ないよ」
「...綱吉、......」

考え無しなのはあんたの方よ、と呟いて、何故だか知らないけれど溢れた涙をそのままにして、わたしはわたしのボスである彼が伸ばしてくれた腕に縋る事にした。その腕に飛び込む寸前、涙で歪んだ視界の中で沢田綱吉はやんわりと笑っていた。ああ、もう、どんな手を使ってもわたしの彼への愛は表せないに違いない。彼がわたしの涙を拭うために伸ばしてくれた両腕は夜風を遮ってじんわりと温かかった。もしもわたしの我侭が許されるなら、わたしたちの愛が一方通行ではなく、お互いに持ちつ持たれつ、存在する愛でありますように。それは例えば、投げた言葉が返ってくるように。抱きしめた時に、お互いの熱が伝わるように。

「...ありがと」
「ううん、こっちこそ、あの...いつもありがとう」

そういって世界中の何よりも優しく微笑んだツナに、わたしはまた涙が込み上げるのを感じながら、彼に惜しみなく一生分の愛を捧げようと思った。





(世界一幸せそうに笑うあなたが、わたしを世界一の幸せ者にする)



091306