彼女は賢く貪欲な女だった。はここ最近ずっとザンザスの膝上やベッドや椅子の上や、とにかく彼の匂いのする全ての場所を占領し居座るそいつを憎らしく思って日々をすごしている。今日も天気は晴れ、風はなく気温はだいぶ低い。ちくしょう。は無性に苛々したまま、じっとその相手を見つめた。彼女はザンザスの膝の上に乗ったまま、頭を撫でるザンザスの手に心地よさそうに目を細めている。

「......ザンザス、それ、」
「あ?」
「それ」
「これか?」

の嫉妬に沈んだ声に、対して彼は面白そうに口角を吊り上げてついでにそれ、も片手で摘み上げた。小さく鈴がなって、にゃあ、と鳴くそれを、は精一杯の怒りを込めて睨む。白い体、細くて柔らかい足、大きな眼に小さな顔、愛嬌のあるしぐさ。例え相手が何であれ、殺してやりたいほどに腹が立つのはがおかしいからか、それとも、と彼の間にある愛が異常なのか。

「...随分お気に入りなのね?」
「気にいらねえのか」
「別に」
「ぶはっ、これが嫌なら何とかしてみろよ」

心底面白そうに、いいや、滑稽なものを嘲笑うかのように、ザンザスは椅子に座ったままでを見下ろしてくる。ああ、試されているのだ、と、は思った。締め切られたこの部屋にはとザンザス、そうしてその上に座る白い動物しか居なくて、窓から差し込む日は温くて外は快晴だ。快晴。その青に唆されて、はザンザスの座る椅子へと向かった。そうして裸足で歩くの足音以外しないその部屋で、大きくあくびをした白い雌を掴んで放った。それはくぐもったような、不機嫌そうな声を一瞬発して音もなく床へと着地する。しかしはそれに見向きもせずに、先ほどまで彼女が居座っていたザンザスの膝上にまたがった。薄っすらと、彼のくらくらするような匂いがする。鮮やかな青の匂い冷えて凍った花の匂い山奥の深い沼の上に映る雲の匂い。わたしはこの匂いで気が狂いそうになるほどザンザスを求めるのに、きっとわたしには彼をそれほどまでに惹きつける魅力などありはしない。だからあんな、人間のわたしより下等な生き物にでさえ彼を奪われてしまうのだ。ああ、もう、それならいっそ気が狂って彼を忘れて死んでしまいたい。は間近に迫ってなお眉一つ動かさずそこにいるザンザスに泣いて懇願しそうになった。

「色気のねぇ顔」
「うるさ」
「来いよ、猫より賢いか、確かめてやる」

ザンザスの肩に置いていた手を引かれて、は前のめりに倒れる。身体は受け止められたがしかし耳元にザンザスの息が触れて思わず少し身体が跳ねた。それを馬鹿にしたように笑ったのは、意外にもザンザス本人ではなく、あの女、そうだ白い、この男のお気に入りの猫。気付かぬ間にじりじりと距離を縮めて、再びザンザスの膝の上に乗ろうとするそれに、は今度はにたりと笑った。少し身体を起こしてザンザスの唇を塞ぐ。そろりと舌を伸ばせば、すぐに貪欲な鰐のようにザンザスのそれはのそれを彼の口内へと引きずり込んだ。漏れる声と卑猥な音に、はすぐに没頭する。ザンザスの髪を撫でて、シャツのボタンを外す。晒された逞しい身体に、少し細められた双眸に、の太ももをぐっと引き寄せる少し冷たい手に、は一々眩暈を覚えた。それだけで軽くいってしまいそうになる。自分と違うものは何故こうも魅力的なんだろうか。ゆるゆると、砂を撫で上げるように簡単そうにの衣服という防御壁を崩していくザンザスが酷く大人びて、そうして逞しく見えた。寡黙な彼は手放しで信じて付いていきたくなるほどに、力強い。

「ん、...ッ、」
「.........声、出さねえとバカな猫には俺らが何してんのか分かんねえだろうが」
「...っあ、あ」
「出せ、」
「んんあ、あっ、や、ちょっ、と、やだ、あ、」
「...せめえな、椅子の上じゃ」

だらしなく開いたシャツの下に見え隠れするの身体をさらに引き寄せて、狭いと不満を述べながらもついにザンザスはの内部への侵入に成功した。予想以上に熱いそこに、ザンザスは声を殺して笑う。猫にさえ本気で嫉妬して、さらに猫に羞恥心さえ覚えて敏感になるは確かに猫より賢いが、同時にどんな生き物よりも貪欲だ。人間の本能を垣間見ることが出来るそんなが、ザンザスは好きだった。もちろん単なる興味心だけではなく、だいぶ異性としても惹かれている。濡れた水音と、独特のこの匂いにようやく猫も気が付いて、彼女はいやらしい声で鳴いて部屋中を歩き回り始めた。しかしのように雄を得ることはない。それはつまり自然の中では常に力の強いものだけが子孫を残す権利を持ち雄を得るように、ここではより力の強いがその権利を得たというだけの話。それゆえにより魅力的に雄を惹きつけるのもまた、なのだ。下品で耳障りなその鳴き声を掻き消すように、が一際大きく啼いたとき、その勝負の勝敗は決した。もっともザンザスにしてみれば最初から分かりきった意味のない試合だったけれども。全くもって、彼女は賢く貪欲な女だ。





紫のリボンで繋がれる



111306