「な、夏希!」
「あ、!」
「あんた、フィアンセ、連れてきたって、ほんとうなの!」






 格 物
  好 語





真夏の日差しが照りつける陣内家の玄関。夏希は何食わぬ顔で、自身の肩を掴んで揺すぶる同年代の少女に微笑んだ。その後ろには、少し頼りなげな少年、の背中のようなものが見える。

「うん」
「うんって、何それあたしそんな話聞いてないよ!」

と呼ばれた少女は、ぱちぱちと目を瞬かせて、それから少々不満げに眉根を寄せた。短めのデニムスカートに、黒のtシャツというラフな格好で夏希の前に立つ少女の顔を見、夏希はどんな風に今の状況を説明しようかと思い悩んだ。は夏希と同じ高校に通う少女で、夏希の友人で、そうしてもっと元を辿ると、曾祖母と彼女の曾祖母が親しい間柄の、幼馴染だ。隠し事や嘘をつくことは、なかなか難しい。

「あー、あのね、、このことについては後でちゃんと......話すから!」
「ちょっ夏希!」
「それより、いつこっちに来たの?」

何とか話題を逸らそうとする夏希に、は追い打ちをかけようかとも思った。しかし、誰にだって一つや二つ、触れられたくない話題や隠しておきたいことはある。腰に手を当てて、仕方がない、と大袈裟にが呆れた様子を露わにすると、ふうとひとつ溜息をついて、夏希は胸を撫で下ろした。

「わたしが来たのは....少し前よ」
「あ、いたいたちゃん」

長い間を置いてようやく返事を返したところで、背後の屋敷内から声を掛けられたは、そのままくるりと声の主を振り返る。眩しい外界に慣れた目では、屋根の下、日陰の中の様子はよく分からなかったが、大きなお腹を抱えたそれは、紛れもなく第二子の出産を控えた池沢聖美であった。

「どうしたの聖美さん」
「悪いんだけど、佳主馬のところに行くなら麦茶、持って行ってやってくれない?」
「あ、はーい」

玄関前の廊下で微笑む聖美にいつものように笑顔で返事をして、はくるりと眩しい世界にいる先程までの会話の相手、篠原夏希へと向き直った。しかし、再び視線に飛び込んできた夏希の表情に、は言い知れぬ不安を覚える。けたたましい蝉の鳴き声に負けじと、わいわい騒ぐ声が、湧き上がってはどたどたと大きな音を立てて陣内家を走り回っていた。真夏の日差しを浴びながら、は背中にひんやりとしたものを感じる。どうか、それだけは言わないでほしい。誰にだって、一つや二つ、触れられたくない話題や隠しておきたいことはあるんだ。何とか、「そういうことなんでよろしく」と無言のうちに伝えたいであったけれども、しかしながらその計画は大失敗、彼女の赤っ恥は満を持して堂々と真昼の太陽の下に晒されることになるのであった。

「さては........佳主馬くんに会いたくってこんなに早く」
「わーッうるさいうるさい夏希のばかわたしは追及しないでおいてあげたのに!」









081409
(不格好は百も承知、けれども誰かを好きな気持ちに嘘は付けない)