バタバタと隊員らが走りまわり、ドカドカと双子のオートボットらが駆けまわる格納庫へと、舞い始めた落ち葉をいくつか引き連れて深紅のフェラーリが流れるようにしなやかに滑り込んでくる。「ディーノ、30区にて武器チェック」。格納庫内にアナウンスが流れ、そのまま指定された区にて停車すると、数人の整備士がやってきて、手分けをしてディーノの状態をチェックし始めた。

「おい、は」
「いま向かっていると聞いています」

お気に入りの人間がいないことを不審に思ってディーノが整備士に尋ねると、整備士は一度手を止めてヘッドライトのほうを見ながら答える。いつもなら真っ先にディーノを労いにやってくる女が見えないだけで、ただでさえ良い心地はしない人間たちの手触りが余計不快だった。

「あ、来ました」

かつかつと細いピンヒールの音がしてすぐに、ディーノはひゅう、と口笛を吹いた。真っ白なブラウスと黒のタイトスカートに身を包んだはそれを聞いて僅かに吹き出すと、とんとん、とディーノのボンネットを軽く小突いた。そうしてそのままくるりとディーノの側を回り込んで整備士の手元をじっと見つめる。整備士はそんなの様子にふっと顔を上げて、ああ、と言ったように口を開く。

「特に異常ないようです」

こくりとが頷いて、もう一度来た道を戻ってディーノのボンネットを撫でた。


「?」
「おまえ、何かおかしくないか」
「........」

の答えを待たずにディーノは一瞬にしてバトルモードに変形する。うわあ、と突然の変形に整備士らが隅へ逃げるのも構わずに屈み込んで、じっとの顔を見る。何かがおかしい。もしかして熱でもあるのかと思ったが、スキャンしても体温は人間の平熱とほぼ等しい。黙りこんだディーノが自分を心配していると気が付くと、は小さくため息をついて、ぐい、とディーノの腕を引いた。もちろんそんな力ではびくともしないが、ディーノに場所を変えたいのだと知らせるには十分だった。ここは修理や点検に使うベイだ。邪魔になっては困る。

「ちっ...乗れ」

の意図を察して再びビークルモードへ戻ると、ディーノはわざわざを乗せて基地の隅へと移動する。少し進んで、この辺でいいわ、とがハンドルを軽く叩く。

「一体なんなんだ」

が降りたのを見計らってバトルモードに変形、最初と同じ状況に戻ったディーノに、は困ったように笑って自身の喉を撫でた。あ?とディーノが一瞬不審そうな声をあげたが、すぐにはっとして自身の指先での顎を上げる。無防備に晒された白い喉元と、言葉を発しない彼女。

「喉」
「...」
「潰したのか」

ディーノは責めるつもりも詰問するつもりもまるでなかったが、それでもその声音は少しの苛立ちを含んでいるようだった。自分でもなんでかわからない。無性に腹が立つ。は双眸を伏せて一度頷く。ディーノの指先に添えられた白い手には、綺麗に赤のマニキュアが塗られている。秋だから、というより、目の前の生き物と出会って以来これよりも好きな色がなくなってしまったことのほうがにとっては大きな理由だった。

「何をした」

ああ、とディーノは胸中で悪態をついた。指先を離してを開放する。そうしなければ、目の前で苦く笑う彼女に苛立ちのまま当たってしまいそうだった。いつもそうだ。弱いくせに勝手に傷ついて、辛いくせに強がって平気な振りをする。不意に、ざあ、と柔らかな風が吹いて、開け放たれた人間用の出入り口から格納庫内に流れ込む。落ち葉の香りがするはずの秋の風は、の愛用する香水の香りでディーノの装甲を撫でていった。何も言わないに、おい、どうなんだ、と再度詰め寄ろうとしたところで、ディーノの問いにどうすべきか悩んでいる様子だったが、す、と抱えていた書類をディーノの前へと差し出す。書類に目を落としスキャンすると、ディーノはようやく全体像を把握して、溜息をついた。"地球上における金属生命体の危険性について"、9月5日10:00-12:30。いかにも紛糾しそうな議題だ。

「会議で暴れ回った結果がそれか」

だって、と言い訳をする子供のように唇を尖らせてが俯く。しかし、

「だっても何も、喉を潰すほど大演説をするなんてただのバカだろうが」

と続いたディーノの言葉に、何ですって、と今度は苛立ちを持ってディーノを見上げると、彼はが想像していたよりずっと静かな双眸でを見つめたまま、もう一度指先での顎を持ち上げた。ディーノは一度その喉元へ視線をやったあと、黙ったまま自身を見つめてくるの視線を受け止める。こちらを見つめてくるの双眸は、気が高ぶったからか僅かに潤んでいた。きっと、自分らを守りたくて守りたくて、仕方なかったんだろう。その会議で反論することにどれほどの効力があるとか、どの出席者に対して訴えればいいとか、その際の効果的な訴え方だとか、そういった考えはなかったに違いない。純粋で美しいといえば美しいし、真っ直ぐで眩しいと言えば眩しい。しかし、冷静に手段を検討するための計算ができなければ、それは無謀でしかない。優しい奴らばかり、良い奴らばかりではないのはどこの世界も同じはずだ。まして、この惑星に住まう人間らは特に愚かだ。ち、とディーノは胸中で舌打ちをした。好かない人間という生き物に、守るべきものを傷付けられるばかりかやり返すこともできないとは、本当に、腹が立つ。

「いいか、、お前は加減を知れ」

呟くように紡がれた言葉に、こくり、とが小さく頷く。しゃら、と微かにその耳元でピアスが揺れる。赤いルビーの石が、きらきらと秋の風に運ばれる陽射しを浴びて反射する。ひとつ瞬きをして、は音のない喉で、愛してるわ、と囁いた。潰れた喉では、声は出なかった。しかし、ディーノのサファイアの双眸は言葉の終わりを見守るようにずっとに向けられていた。

「...あまり心配させるな」

少しの沈黙のあと、そっと喉を撫でて、会話の終わりを示す様にディーノはの背を静かに押す。ディーノに背を押されながら、は急に静かになったディーノに小さく笑った。大丈夫よ、と言う代わりに背から離れるディーノの指先を捉えてもう一度視線を合わせると、ディーノは一度立ち止まって、一つだけ頷いた。秋風に吹かれる赤い機体は、きらきらと輝いてとても美しかった。








君しか見てない



093013