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「刹那」
真夜中だというのに、声がした。何度も何度も呼ばれた覚えのある声に、俺はそっと目を開ける。目の前に、いや、ベッドの上で寝ている俺の上に、ナマエがいた。
「どうした」
「刹那」
ああ、寂しいのだ、と俺はすぐに理解する。しかし理解できたのは、例えば俺が純粋種のイノベーターだからだとか、ガンダムマイスターで人の動向を知覚するのに慣れているからだとか、そういうことが理由ではないだろう。よくは分からない。だが、確かに、そんな理由でナマエの気持ちを知ることが出来たのではない、と俺は思った。そっと、彼女の目元を撫でる。長い睫毛が微かに揺れて、俺はなぜだか、マリナ・イスマイールの事を思い出した。彼女も長い睫毛を持っていた。しかし、俺は彼女にそれ以上の興味を抱かなかった。何が違ったのか、何故なのかは、わからない。一度ゆっくりと、深く息を吸い込んで、吐き出す。その間も、そこにあるのは沈黙、静寂、それからナマエが連れてきた少しの孤独だけ。ナマエはぎゅうと俺の体にしがみつくようにして息を潜めた。大した力も加えられていないのに、それはとても胸を苦しくさせる不思議な力だった。
「ナマエ」
「ごめん」
「今何時だ」
「3時」
「眠れないのか」
ナマエは小さく頷いた。俺はそれを見、そっとナマエを布団の中に引き込んだ。やわらかい、彼女のからだ。男も、女も、大して区別などしていなかった俺が、唯一惹かれた人間の肢体。ずっと、愛し合うことにも、惹かれあうことにも、意味を見いだせなかったけれども、気が付いたら、今ではそんなことももうあまり考えなくなっていた。愛しい、という感情を知ってしまえば、そんな答えなど、もはや得てもどうしようもない気がした。ナマエが俺の手を掴んで、目を閉じる。静かな流れで時間が進むのが、よくわかる。そのまま寝てしまうのかと思ったが、まだ眠くないのか、ナマエは目を閉じたままで、俺に向かって話し始めた。
「沙慈とルイスはどうしてるかな」
「さあな...ルイス・ハレヴィはまだ入院中だろう」
「じゃあ沙慈は毎日通ってるわね」
「そうだな」
「そうだ、スメラギさんと顔見知りだっていう、カティ大佐は部下のコーラサワーって人と結婚したんですって」
「そうなのか?」
「みたいよ?スメラギさんは結婚しないのかしら」
「俺に聞くな」
「それもそうね」
「そういえば、この間アレルヤから連絡があった」
「アレルヤから?」
「元気にしているそうだ。皆にもよろしくと言っていた」
「あの二人も元気でやってるのね」
「ああ」
「刹那、わたしたちは、どうしようか?」
驚いたことに、俺はその突然の言葉にも大して驚かなかった。もちろん、半分意味を理解していなかったこともあったが、それでも、恐らくは、どこかでそういう状況に対する覚悟をしていたのだろう。いつまでも、同じ階段の上にはいられない。もちろん、そこで階段を上ることをやめて仕舞いにしてしまうことも出来たけれども、俺はその考えをまったく視野に入れていなかった。再び、何故かは、わからない。
「先の話をしているのか?」
「その、つもりだけど」
「わからない」
「刹那....」
「ナマエ、お前はどうしたい?」
「あたしも実はまだ....わからない」
「そうか。...なら、もう寝るといい。明日に響く」
「刹那」
「なんだ」
「刹那は、どうしたいとか、そういうのは、本当に少しもないの」
わからない、で通しておこうと思った、しかし、ナマエの言葉に釣られるように、俺はその言葉を口に出して言っていた。
「俺はお前と幸せになれればと思っている」
言って、自分ではっとした。でも、考えてみれば大したことじゃない。あるのはとても曖昧な願い事一つ、たったそれだけだ。それ以上は、本当に何もわからないし考えてもいない。しかし、ふとナマエに視線を落とすと、彼女は酷く嬉しそうな顔をして、
「刹那が望めばわたしたち、誰より幸せになれるわ」
と静かに笑った。
ひかりのみち
041209