ゆっくりと仰いで、コップの中を空にする。何の音もしない世界で、はゆっくりと瞬きをした。そうして、傍にあったボトルを掴んでまた、寂しそうなコップに注いでやる。カラン、と煌く氷が可愛らしく笑うと、機械的な音が一瞬だけ鳴って、不意に、見慣れた少年がこの淀んだ空間に足を踏み入れた。何の迷いもないその姿を黙視して、は苦笑する。少年だなんて。彼はもう少年ではなくて、立派な青年だ。自嘲するように、先程注いだ液体を一気に喉に流し込む。すぐに、独特の熱がじわじわと喉を焼いた。少し、くらくらするが、そんなことなどどうでもいい。これくらいの無理が、今はとても心地良いのだ。そうして、とん、とがコップをおいて来客者を見ると、彼は些か苦い顔をして、目の前の哀れな酔っ払いを見つめていた。
「いらっしゃい、刹那」
「飲みすぎだ」
「そんなことを言いにきたの」
「いや、」
噛み付くように言い返したの言葉を一言だけで否定して、刹那は静かに口を噤んだ。思ったとおりの光景が、眼前に広がっている。その事に溜息をつきたい衝動を抑えながら、カラン、と鳴く氷に視線をやって目に付いたボトルの数に、刹那は甚だ驚いた。いくら、あのスメラギの愛弟子とはいえ、これでは急性アルコール中毒にもなりかねない。止めなければと思ったが、しかし次の瞬間、果たしてそれは今の彼女にとっていいことなのであろうかと刹那は疑問に思った。酒で薄めたい気持ちもある。いつかの同僚がそう言っていたのを、刹那は壊れ物を扱うかのように丹念に思い出した。微かな電子音だけが、アルコールの溶けた空気を吸って命を繋ぐ2人を取り巻いている。
「辛いのか」
「...なにが」
「あの男がアロウズの女を」
「連れてきて愛していること?」
は刹那を見据えて、微かに嗤った。ぐちゃぐちゃだ。心も、感情も、生活も、足並みを揃えて錯綜しているというのに、唯一思考だけが少しも乱れてくれないとは、一体これは、何と言う拷問だろう。どんなに心が拒否しようとしても、脳がそれを認めてくれず、半狂乱になって楽になることさえ出来やしない。そしてそれは、いくらアルコールを煽っても同じことであった。酒に強い自分を皮肉に思ったけれども、次に浮かぶのは、そんな自分を羨んで微笑んだ男の顔。ずきりと胸が痛んで慌てては何か言おうと息を吸ったが、しかし、何を言えばいいのか分からずに、結局はその息をそのまま沈黙の中に吐き出した。そうしてふと気が付いて、ひとつ、瞬きをする。今更、改めて言うことなど、何かあっただろうか。わたしと彼は、長い間愛し合った。時には、それが永遠に続くような気だってしていた。もちろん永遠なんてないことはずっと前から知っていたけれども、それでも幾度となく、わたしはその言葉を口にした。そう言えば、自分たちの愛が特別なものになるような気がしていたのだ。そっとは目を伏せる。今更改めて言うことなど、本当に、何もない。確かに、彼と育んだ愛は特別になったが、同時にわたしは永遠なんてないことをも立証してしまった。愛が永遠でないのなら、人生が永遠ではないのはもはや確定事項だ。変えられない現実を嘆いて、与えられた時間を無駄にすることは出来ない。それに、何故と思う気持ちも、妬みも、絶望も、苛立ちも、悲しみもあって、気持ちの整理が付かなくて部屋に引きこもって酒を煽ってはいたけれども、何故だかそれにもうんざりしてきた。彼が死んだわけでもあるまい。ばかばかしい。
「あのね、刹那、ひとつ言っとくけど」
「なんだ」
「失恋を経験しない女の子なんて、この世に存在しないのよ」
「...は?」
「あいつが別な人を愛したなら嘆いたって仕方ない。あたしは気を取り直してあいつが帰ってくるのを待つだけよ」
「帰ってくると思うのか」
「帰ってこないという明確な理由があるならぜひ教えて欲しいわね」
全世界の男性諸君、
きみたちは女という生き物をご存知か
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