少なくともの周りの世界は晴れ渡っていて清々しくて、秋風なんて呼ばれる風流なものまでそこらへんを散歩しているような、少し肌寒いのを差し置いても、とても平和で美しい世界。しかし現在、はそんな、滲んだ視界に映って尚美しい世界に見事に打ちのめされている。ああ、わたしはなんて駄目な人間なんだろう、とか、なんにもしたくない、とか、自分の存在自体が間違いだったんじゃないか、とか、そんなネガティブ思考の人間でもそうそう考えないようなことを考えるのは初めてかもしれない。だっていつどんな時であれ、どんなに悩んでいても、わたしはわたしが大事だったはずだもの。だけどかといって、死にたいとか、そういうんじゃない、とは思う。ただ、わたしの存在自体が、申し訳なくて、

「しにたい、のかな、これって」

死にたいなんて物騒なことは、考えたことも無いからわからない。ぼんやりと誰も居ない教室の窓から、外を眺める。中庭には、見る度にいつも一輪ずつ薔薇が咲いていたのを思い出して、は視線を彷徨わせる。数秒のうちにやはり今日も白い薔薇を見つけて、ふいに鼻の奥がつんとして涙が出た。熱くなる目に秋風は少し冷たい。漠然と、理由もなくわたしは、いいなあ、と思った。わたしも薔薇のように、どうやって上手に生きていくかを知っている存在であったなら、わたしのような馬鹿な人間がするような、へまも、愚かな間違いをして他人をそれに大いに巻き込むようなこと、も無かったかもしれないのに。たかをくくって、思い込みで取り返しの付かない失敗をしたり、迷惑を掛けたくない人を無意識に選んだみたいにしていつもその人たちばかりを巻き込んだり、わたしが巻き込んだのに、ごめんね、とか、申し訳ない、とか言われたり、終いには、涙目にさせてしまったり。謝らなければいけないのは、きっといつも、わたしの方なのに。どうしてこうも、わたしは一人では充分に生きていけない情けない人間なのか。一気に捲くし立てるように胸中で思えば、それに比例してみぞおちの辺りの臓器が痛んだ。酸がこんなに痛いものだとは知らなかった。はしゃがみ込んで泣きながら、途方に暮れる。だって、一人で、迷惑をかけずに生きたいと思った矢先なのにとてもとても人恋しくなるわたしはやっぱり、駄目な人間なのだ。きっと。不意に、教室の扉が開けられての肩がびくりと揺れた。恐る恐る侵入者を確認すれば、窓から反射して見える侵入者は、全身が黒で染まったような体と、細すぎず逞し過ぎない絶妙のスタイルを持つ六道骸。彼は迷わずにの傍に歩み寄り、とても自然にその手を伸ばす。そうしてそれはだいぶ低い位置にある、癇癪を起こして泣く子供のそれと同じ熱を持ったの頭に触れた。

「これはまた随分と派手に落ち込んでいますね、

どうしました、と言って、尋ねてくるこの男は確信犯だ。迷わずはそう思う。ばれてしまうなんて、私の彼氏である六道骸という男は本当に愚かだけれど、その確信犯に躊躇せず飛び込んでしまうわたしだって愚かといえば愚かだ。もう泣く必要なんて無いのに、勢いで飛び込んだ体を易々と受け止めてそうして腕の中に抱え込んでくれる骸の優しさに涙が止まらなくなる。優しくされると、涙腺が緩むのはいつものことだ。だから、は考えることを拒否してまで、その両腕で骸の体を押し退ける。顔を上げて出会ったのは、骸の驚きと少しの寂しさに満ちた双眸。

「...話して下さい、聞きますよ」
「いい、あたし、大丈夫だから」
、」

強い力で両手を掴まれて、握られる。骸は背を屈めて、を見つめた。その双眸は、歪んだの視界では判らなかったけれども、とても思慮に富んでいて働き者だ。まるで診療する医者のように細やかに、或いは、楽譜を眺める奏者のように柔らかに、骸の双眸はを受け入れる。

「ほんと、あたし、大丈夫だから、」
「......甘える場所が、必要なんじゃないですか?」

言い当てられて、は思わず双眸を瞠った。ぎゅ、と少しだけ強く握られただけの両手にすら、の子供騙しの我慢は敵わない。俯けば、熱い雫は頬を伝わずにそのまま二人の両手の上に溶けた。

「甘えたら、また、迷惑かけ、ちゃう...、から...」
「......」

ああ、わたしはなんて駄目な人間なんだろう、とか、なんにもしたくない、とか、自分の存在自体が間違いだったんじゃないか、とか、そんなネガティブ思考の人間でもそうそう考えないようなことを考えるのは初めてだった。だっていつどんな時であれ、どんなに悩んでいても、わたしはわたしが大事だったはずだもの。だけどかといって、死にたいとか、そういうんじゃない。

「しにたい、わけじゃないの、でも、消えてしまいたい」
「...消えたら、何か解決するんですか?」
「だって、世界はわたしが居ないほうが、きれいだわ」
「誰だってそう思ってますよ、馬鹿ですねえ」

がずっと溜め込んで言えなかった言葉に、骸は間髪置かずに答えてゆく。問えば返ってくる言葉が、を暖める。自分で抱え込んでいた時は、こんなことはなかった。自分に聞いたって答えなんて持っていなかった。

「自分が見ている世界なんて、所詮、間違いを作る本人が居なくなればみんな綺麗なモンなんですよ」
「それじゃ」
「だけど詰まらないでしょう、綺麗に整えられた、機械で作り出されたみたいな世界は」

必死に自分の思いを伝えようとするに、骸は小さく笑う。これではまるで、一生懸命に屁理屈を探す子供だ。再び何かを言いかけたを遮って、骸は流れるように告げる。彼自身の長い間の記憶が持つ重みに、自分の言葉が負けてしまわぬように、愛はきっと、どんなに長い歴史の中でも、いつも一番力を持つものだと、信じながら。

「......、もしも誰かが、あなたの言うとおり迷惑ばかり生み出すあなたを嫌いになって、存在を厭うようになったら」

その時は、そう言って続ける骸は優しくの手を撫でる。

「決して心配しないで下さい。僕がその分、あなたの存在を認めてやりますから」
「むく、ろ」
「確かに、は強気で負けず嫌いで少々我侭かもしれません。だけど僕は知っていますよ、とてもとても寂しがりで甘えたがりな、あなたのことも」

目の前で次々に注ぎ込まれる低い声に追いやられて、次々との涙が双眸から溢れていく。自分だって頑張っている、認められたい、そんな思いが引っ張り出されてどうしようもなくなって、は骸の背中に手を回す。

「いつ、僕があなたに甘えられるのは迷惑だといいましたか?」
「......ありがと」
「クフフ、何を今更」
「でも、」


言葉を遮るようにぎゅう、と強く抱きしめられて、は泣きながらも小さく笑った。もしもわたしがとてもとても寂しがりで甘えたがりなら、骸はきっと、とてもとても世話焼きで、そうしてやっぱり寂しがりだ。頼りがいがあって確実に道を示す言葉を操る彼はとても素敵だとも、同時に思ったけど、それは言わないでおこうと思う。

「いいんですよ。どんなに迷惑を掛けられても世話を焼かされても冷めないくらい、僕はあなたを、愛してますから」

知らないんですか?そういっておどけた様にまたクフフと笑う骸は、本当に嬉しそうで、は自分の目の前にある幸せに眩暈がした。








雨の無い街
102406
(人間、悩んだ時にしか出来ないこともある)